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物忘れが激しく物覚えが悪い、三十路の備忘録

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広告とウソ

2012.12.18 (Tue)
 僕がペニーオークションといわれるものを初めて目にしたのは4年ほど前だったと記憶しているが、うまい商売を考えるもんだなと思った。それというのも、運営側が絶対に損をしない操作を簡単に実行できそうだったからだ。
運営側が一方的に出品している点、入札行為そのものに課金していることから、儲けが出ないまま落札させる可能性は少なそう。サクラに低額で落札させて撒き餌を放つことも容易だろう。
 黎明期こそ「タイミングがよければ得をするかも…」と考える利用者もいただろうが、同じようなサービスが乱立し、そこかしこで「PCが300円で手に入った!」みたいな広告リンクを見かけるようになった今、利用する人はよほど正直者か迂闊であると言わざるを得ない。そんなにウマい話があるはずがないのだ。

 このペニオクという信憑性の低いサービスを、利用してもいないのに、さも利用して得をしたかのように装ってブログを書いてしまったタレントはちょっと良識を疑う。サービスをよく知らなかったと言うしかないのだろうが、本当に知らなかったのなら知りもしないで書いていた行為に問題があるし、少しでも知っていたとしたら、いい大人、ましてや広告の世界で生きてきた方々ならそのサービスの裏側に考えが及ぶのではないか。
 問題は対価をもらってサービスの広告塔になったことではない。ウソをついて紹介してしまったことが咎められているのだ。しかもそれが消費者の不利益になりかねないサービスだったのだからダブルパンチである。

 ステルスマーケティングという言葉が一般的になり、メディアのあらゆる「オススメ」や「口コミ」「ランキング」に疑いの目が向けられるようになった。これで芸能人のブログも晴れてステマ認定され(そもそも露骨だったが)、広告価値は下がり、食い扶持は減るだろう。バレずにやっていたタレントからしたらいい迷惑に違いない。

 最近ことさらにステマ、ステマと騒がれるようになったが、そんなものは昔からあった。
 雑誌にも記事風広告はあるし、ドラマに出てくる衣服や小物もスポンサー提供のものかもしれないし、テレビタレントが「最近の愛用品はコレ!」とかいうのも言わされているのかもしれない。「これ最高です!」「お前○○から金もらってんのか?」などというやりとりもそれを示唆している。ある小説には女子高校生にお金を払って口コミをでっち上げる描写などもあった。
 アパレル業界で顕著なように、流行やヒット商品は多かれ少なかれ仕掛けられたものであるし、消費者もそれを知らないわけではなかった。しかし作為的な部分が見えにくく、僕らも流行を楽しむという共犯関係がうまく築けていたといえる。
 ただ最近はそのやり方がうまくないというか、スマートでない。「こっそり煽動してやるぜ」という思惑が少しでも透けて見える広告は、主にネットユーザーに即見抜かれ、敬遠されてしまう。

 ネットで多角的に情報を手に入れられるようになると、いろんな意見が耳に入り、一方的なメディアの仕掛けに踊らされることが恥ずかしいことのようになった。情報弱者、情報強者という言葉が一部で使われているように、オススメに即飛びつく人は情報リテラシーの低い人として扱われてしまう。そして人々は消費に対して慎重になり、あらゆる物事に対して疑い深くなった。
 重ねて、世の中の不景気によってサイフの紐が固くなり、より間違いのないものを買いたい心理が働いたことも無関係でないと僕は思う。

 そんな中で登場したブログは、いかにも日常的で、ビジネスからは切り離された場所のようだった。著名人の本音や素が見える場所だった。ところがというか、やはりというか、ほどなくして広告が潜り込み今回の事案に至る。

 タレントがその知名度を商売道具にお金をもらって商品をPRする行為は、ビジネスとしてごく当たり前だ。
 ブログで安価に広告をうちたいなら、もう堂々と「今日はこの商品を紹介しまーす」でもいいんじゃなかろうか? ダメ?
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ドラゴンボール大好き

2012.12.14 (Fri)
 来年公開されるドラゴンボールの新作映画が話題だ。
 僕はいまだに少年ジャンプを買い続けている生粋のジャンプっこで、ドラゴンボールに骨の髄までドップリ浸かった世代である。今回の映画についても出来不出来に関わらずもうドラゴンボールというだけでハチャメチャが押し寄せてしまう。恐竜がいたら玉乗り仕込んじゃうのである。

 連載終了から実に17年が経過するドラゴンボールだが、いまもって東映アニメーションおよび集英社のドル箱コンテンツとして鎮座ましましている脅威のヒット作だ。2003年ごろから毎年のようにリリースされるビデオゲーム、カードゲーム、フィギュア。最近はリメイク版のアニメも放映されるなど、僕らのような懐古世代はおろか現代の子どもたちにも大人気である。

 単独作品でこれほど息の長いコンテンツは他に類を見ない。
 ルパン三世やガンダムなんかは定期的に新シリーズが作られているので、ひとつのコンテンツというよりはもはやジャンルだ。ドラゴンボール連載終了の頃に登場したエヴァンゲリオンも長らく愛されているが、一時の社会現象を通過し、今では局地的なファン層の成熟へ向かっている。ちびっ子はエヴァンゲリオンには夢中にならない。たぶん。逆にポケモンはいつまでたってもちびっ子のものだし、やはり多数のシリーズが連なるジャンルと捉えられる。また、国民的と形容されるドラえもんやサザエさん(あるいはクレヨンしんちゃんやちびまる子ちゃん)は、日常を繰り返し描写して半永久的にアップデートされていく性質のものであって、明確にエンドマークが打たれているドラゴンボールとは楽しまれ方が違う。
 真の意味で世代を超えて楽しまれているひとつのマンガ、ドラゴンボールは、極めて特異な存在なのだ!

 なぜドラゴンボールはこれほどの人気作になり得たのか。
 まず思いつくのはキャラクターだ。孫悟空の存在感。これはもう筆舌に尽くしがたい。「悪いやつは許さねえ!」「オラもっと強くなりてえ!」。善悪に葛藤することも暗い過去に悩むこともなく、ひたすら朗らかに、どんどん強くなり悪者をぶっ飛ばしていく悟空は、決して読者の深い共感は呼ばない。が、憧れのヒーローとして圧倒的な輝きを放っている。ほぼ一貫して悩まないし凹まないし後悔しない。悟空は思想も強さも常人離れしていて自分を投影する余地がない分、いつまでも僕らのヒーローでいてくれるのだ。
 こんなキャラクター他にいますか? あのルフィでさえ、エースの死には気を失うほどの傷心状態に陥った。里の仲間から迫害されていた過去を背負っていたり、「仲間がいるよ!」と涙を流したり、ましてや「逃げちゃだめだ!」と葛藤したりしちゃったら、悟空は僕らの隣に降りてきて、重なり、やがて通り過ぎていってしまうだろう。

 近年はマンガの読者層の広がりに伴って、練り込まれたストーリーや緻密な設定、破綻のない合理性が求められるようになっている。作品内の矛盾や粗は熱心な読者から即座に指摘されてしまう。ドラゴンボールがドラゴンボールでなかったなら、袋叩きにあっていたかもしれない。
 たしかにドラゴンボールには、上記のような細やかさや深みはない。と思う。戦闘力の極端なインフレーションとか、安易な生き死にの繰り返しは批判の対象にもなっている。しかしそれらが作品のつまらなさにならないのは、演出とテンションが勝利しているからではないか。
 誤解を恐れずに言えばドラゴンボールは、強い敵を倒す→より強い敵が現れ、また倒す…というワンパターンなストーリーである。通常であれば強さのマンガ的表現はどんどん限定され、袋小路に迷い込んだ末に作品がダレて面白さを失っていく。実はドランボールとて例外ではなく、魔人ブウ編の連載当時などは僕らも「まだやってんのかよ…」と随分否定的に見ていたものである。それでもいまだバトルマンガの最高峰として認知されているのは局面での盛り上げ方がとても上手だったからだ。

 クリリンの死から始まるピッコロ大魔王との対決は、シリアスな巨悪との決死戦にそれまでと違う興奮があった。後の方向性を決定づけたサイヤ人との戦いでは、その恐怖と緊迫感に手に汗を握った(ヤムチャがやられたときだって当時はショックだったんだ!)。まったく勝ち目の見えないフリーザを前に超サイヤ人へと変貌した悟空の衝撃は、学校中の話題をさらった。次々と増えていく人造人間の謎に、次の週が待ちきれなかった。
 特に、鳥山明もねらっていたという「ためてためて、悟空を出す」という演出の効果は絶大だ。サイヤ人編から人造人間編で度々見られるが、わかっていても「とうとう悟空が来た! 早く次が読みたい!」と思わされてしまう。ピッコロやベジータが「どうせやられるんだろ」とわかっていても、そんな強敵と対峙する悟空を楽しみにしてしまう。

 これこそ悟空のヒーロー性のなせる業だ。強い敵をより強い悟空が倒すというシンプルな展開に裏切りはない。だけど、圧倒的ヒーロー・悟空の戦いが、印象的なセリフや界王拳、元気玉、超サイヤ人等の演出に彩られることによって、最高のテンションで読者を引き込む。どうしようもなくワクワクが100倍になっちゃうのである。

 はっきり言って、ドラゴンボールでストーリーに唸らされたことなんてない。緻密な戦術や駆け引きに感心したこともない。登場人物の心情を推察したり、小難しい考察や解釈をする必要もない。それでも何回も読み返すのは、ただ単純に悟空たちの活躍が見たいからだ。このぶっちぎりのワクワクだけが、世代も国境も越えるのだ。

 面白いマンガは他にもいくらだってある。だけど、こんなにも頭カラッポにして夢詰め込めるマンガは、他にないなあ。

やっぱり僕にとって悟空は、純度100%の、永遠のヒーローだ!

ドラフト問題に思う

2012.12.14 (Fri)
 花巻東・大谷君の日ハム入団が一部で問題視されている。
 はっきり言って僕は大の野球ファンでもなんでもないのだが、どうしても一言いっておきたいことがあるー!!

 ドラフト前にメジャー行きを公言していた大谷君であったが、「本人の意思を尊重した」として指名回避した各球団を尻目に、日ハムだけがドラフト1位で強行指名した。
 結果、交渉権を獲得した日ハムおよび栗山英樹監督との交渉の末に大谷君は翻意し、日本プロ野球界への挑戦を決めたのである。
 この経過の中で問題視されているのは、ドラフト制度の公平性を欠くのではないか、という点だ。
たしかに大谷君は「日本の球団には入らない。メジャーに行く」と会見まで開いて宣言した。それを信じて指名回避した日ハム以外の球団からすれば、「虚仮にされた」あるいは「裏で日ハムと密約していたのではないか」との批判が出てきても仕方がない面がある。なにしろドラフト制度は、全球団が公平に戦力補強できるように導入されたものであるからだ。
 楽天・星野監督や野村克也氏は公然と大谷君の行いを批判している。

 しかし、僕は今回の大谷君を批判するのは間違っていると思う。

 会見までしておいて翻意したことに「なんだよ~」と思ったとしても、他球団が何かを言うのはおかしい。そもそもドラフト対象選手であった大谷君を指名し、説得し、入団させたことに制度上の違反はない。
 裏交渉があったというなら大問題だが、現時点でそういった事実が出ていない以上、指名できるのにしなかった球団が大谷君に文句を言っていい理由はひとつもない。いい大人が彼を嘘つき呼ばわりしているなら、どうかしている。

 18歳の少年が、メジャー挑戦を心に誓った。それは18歳なりに考えた末の決断で、揺るがないはずだった。僕はここに嘘があったとは思わない。
 ところが、絶対に獲得したかった日ハムは彼の意向に逆らう形で強行指名した。しかしそれこそが、大谷君への誠意であり思いやりであったのではないかと僕は想像する。
 当然、戦力として大谷君は絶大な魅力を持っている。すでに知名度も十分で、広告的な利益も期待できる。ただそれだけだったら、どんな球団も大谷君の決意を覆すことはできなかったのではないか。
 思うに日ハムの交渉には「大谷君がより現実的にメジャー行きを判断できる材料」が多分に含まれていたのだろう。アメリカに渡ってマイナーから挑戦することの難しさ。日本球界に背を向けることのデメリット。中田翔等を育てた日ハムの育成環境。ダルビッシュをメジャーへ送り出した実績。
 いかに超大物と騒がれようと、大谷君はメジャーはおろか職業野球を知らない18歳の少年だ。想像もしていなかった話を聞いて「絶対メジャー行き」を翻意したとしてもなんら不思議はない。それに「なめるな」などと言って癇癪を起こすのはなんとも狭量の狭いやっかみであって、「本人の意思を尊重して指名を避けた」なんてのは建前で「戦力として計算できないからやめとく」というだけの実利優先だったことの証明だ。獲得できないかもしれないというリスクまで抱えて、メジャー挑戦の実際を伝えようとした日ハムだけが、本当に大谷君の将来を考えていたといえる。まったくの想像でしかないが、交渉の結果、大谷君がやはりメジャーを選んだとしても日ハムに後悔はなかったのではないだろうか。
 正直者が馬鹿をみたのか。真に正直だったのは、どの球団だったのか。

…と、ここまで書くとまるっきりの奇麗事でしかない。我ながら実にファンタジーだ…。
 だけど大人がよってたかって大谷君をヘンに責めるのはやめてほしいし、なにより今後同じようなことが起こらないためにも、各球団に日ハムのようなトライを期待したいのである。
 今回の交渉劇は、裏金問題や実質的な逆指名が騒がれた近年のドラフトに比べたらよっぽど正々堂々としていて、醍醐味ともいえる面白さがあったのではないか。ここに他球団が参戦してくればもっと面白かったと思うけど。

しかし! である。
奇麗事やお花畑のファンタジーでは看過できない課題も残った。

「日ハム経由メジャー行き」という交渉はアリなのか?

 ドラフトの規約では、移籍を前提とした交渉はNGと明記されている。
 入団後の自由な移籍を可能にしてしまうと、球団同士の交渉や金銭次第の自由競争になり、戦力均衡のためのドラフトが形骸化してしまう。では、いつになったら移籍OKなのか、そのラインがFAだ。だが海外FAの取得には現状9年が必要であり、いささか長すぎるのでは、と見る向きもある。
 そこで、イチローや松坂大輔、ダルビッシュ有はポスティングを利用してメジャー挑戦を果たしたわけだが、今回の大谷君に関しても、おそらくポスティングでのメジャー移籍を容認する内容が伝えられているはずである。こうした入団交渉がどこまでOKなのか、僕は寡聞にして知らない。

 スター選手の海外流出は日本球界にとって損失であるし、無闇なメジャー挑戦や安易な日本へのUターンに否定的な意見があるのも事実だ。
 一方で、日本最高峰のプレイヤーがメジャーに乗り込み大活躍する姿をファンは楽しみにしている。

 大谷君をはじめプレイヤーのレベルが上がってきて、メジャーも夢から現実的な目標に変わってきた今、ドラフト制度のあり方を見直す必要があるのかもしれない。

どうしたらいいかはわかんないんだけどね!!
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