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物忘れが激しく物覚えが悪い、三十路の備忘録

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『007スカイフォール』タフなボンド、セクシーすぎるダニエル・クレイグ

2013.01.20 (Sun)
『007スカイフォール』観た。
父親が昔から大好きシリーズなんだけども、僕は本作で初めてちゃんと観ました。

だから歴代のボンド役がどうとかディープなことはわからんけど、ダニエル・クレイグはとってもかっこよかった。
アダルトな色気がムンムンで、トム・フォードのお洒落〜なスーツもスマートに着こなしてます。
あれはかっこええわ。

さて、50周年記念となる本作。
劇中で度々口にされている”オールドファッション”という言葉が象徴するように、
「古典的スパイ映画」と思われそうな007を現代に復活させるのがテーマです。
まだまだイケるぜ、ジェームス・ボンド! なめんなよ! ってなわけです。

このテーマはストーリーにもしっかり絡められていて、
時代遅れとされるボンドたち諜報機関がその存在価値を再び知らしめる…という戦いがお話の軸になっています。

IT社会の現代では敵も味方もすっかりハイテク。
メインの敵役(高山善廣っぽい)も「力と力の争いには辟易。ワンクリックでなんでもできちゃうぜ!!」なんてほざく始末。
いい具合に歳をくって体力も落ち気味なボンドおじさんは、もはや過去の存在なのか…。

この(なんか見た目が)高山善廣っぽい敵との会話の中で、趣味はなんだと訊かれたボンドがこう言います。
「リザレクション」

アナクロと言われようがなんだろうが、次々と襲いかかるピンチに経験と勘と機転、そして生身の肉体で立ち向かうボンド!
かつてジャイアンツの長嶋監督が”勘ピュータ”などと揶揄されていましたが、スペシャリストの一瞬のひらめきはどんなハイテクにも勝ることをボンドが証明してくれました! その場その場を”勘ピュータ”で乗り越えていくボンドの頼もしさよ。
パソコンやスマホみたいな小道具って、一昔前はそれこそスパイものの憧れアイテムだったはずですが、それらを当たり前に使うようになった現代っ子に差し出されたのは、圧倒的にタフな(そして色気ムンムンな)人間ジェームス・ボンドそのものでした。


情報化社会へのアンチテーゼというつもりはないでしょうが、フィジカルでタフな本作のボンドは、
今でもイケてる007をしっかりと刻み込むことに成功したのではないでしょうか。


すごく面白かったですけども、個人的にはもう少しスッキリ爽快に終わってくれたほうがよかったかな、と思います。
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もし正しい体罰があるのなら

2013.01.12 (Sat)
体罰は悪か、やむなしか。
「教え子を叩かねばならないとき」とは、どういうときか。

僕は、失敗や未熟に対して打撃を与えるのは、ただの暴力だと思う。

「なぜちゃんとできないんだ」と叱る。
言ってもわからないから叩く。
叩いてもわからないから、さらに叩く。

一生懸命やっている生徒は何を感じるだろうか。愛情を感じるだろうか。
体罰を与えただけでスポーツはうまくはならない。むしろ、うまくできないからこそ、より丁寧な指導が必要なのではないか。

件のバスケ部顧問はOBからは慕われており、優秀な結果を残しているようなので、どのような人物なのかはわからない。ただ、一人の生徒が1日に何十発も叩かれ、明らかに体罰を苦にして命を絶ったのだから、これを「愛のムチだ」「昔はよく殴られた」などと勘違いして正当化してはならない。


一方で、悪事や怠慢に対してムチを振るうのは間違いではないと思う。

かつて僕も先生にひっぱたかれたことがある(クラスの合唱の予行練習でふざけまくってしまった…)。
先生は僕らを美術室に呼び出し、一人ひとりビンタした。
先生は泣いていた。
クラスみんなで頑張ろうという行事なのに、僕らにそれが伝わっていなかったことが悲しかったんだと思う。
他の先生も見ている前で、僕らだけが一つにまとまれなかったことが悔しかったんだと思う。

「たかが合唱で」と思っていた僕も、これはさすがに堪えた。どんな説教よりも先生の掌は雄弁だった。
体罰でスポーツはうまくならないし、合唱も上手にならないが、心根は間違いなく正された。
少なくとも僕にとっては、ほっぺたの痛みよりも心にインパクトを残す出来事だった。


もし正しい体罰があるのなら、それは先生と生徒が互いに痛みをわけあうためにある。
「泣き虫先生」は、惨敗してもヘラヘラしているラグビー部を見て、自分のせいだと悔やみ涙する。そして、「悔しい!」「勝ちたい!」とようやく本音を吐き出した生徒たちに、拳を振るってけじめをつけた。
「金八先生」は、担任教師をリンチし、たやすく人に「死ね」と言う成長なき生徒たちを泣きながら平手打ちにした。そして職を辞そうとした。

体罰を行う先生は、悔しく、悲しく、無念であり、傷ついていなければいけないのである。
そんな気持ちが、文字通り生徒の心を打つのだ。
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