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物忘れが激しく物覚えが悪い、三十路の備忘録

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生命力漲る1冊『聖の青春』

2013.06.26 (Wed)
腎ネフローゼという重病を抱えながら将棋を指し続け、29歳で逝去した村山聖。本作は、その燃えるような生涯を丁寧に書き綴った大崎善生のノンフィクションである。


ネフローゼは、タンパク質を吸収する腎臓の機能が弱まり、免疫力が低下することによって発熱等を引き起こされる難病であるという。根本的な治療法はなく、発熱するたび、ただひたすらに身体を休めるしかない。
幼少時にこの腎臓ネフローゼを患った村山聖は、病床で将棋に出会って以後、プロ棋士、そして名人を目指して生きていく。
聖にとって生きることは名人に向かって将棋を指し続けることに他ならない。度重なる発熱、入院を繰り返しながらも、類稀な集中力と勤勉さで将棋界を勝ち上がっていく聖。「生き甲斐」という表現さえ陳腐に感じられるほど、聖にとっての名人は尊く重い。


この小説を読んで感じられるのは、人が生ききることの激しさとエネルギーだ。
夢半ばでの死という結末を迎えるにもかかわらず、村山聖の人生からは、勇気とか闘志とか不屈といった前向きな言葉ばかりが浮かんでくる。読後には悲しさや切なさよりも、自分の生命に燃料を注ぎ込まれたような熱さが残る。「泣ける」とか感動といった言葉では言い表せないほどの力をもった作品だと思う。

変わり者の師匠と聖の関係も丁寧に描かれていて、不器用な二人独特のやりとりも実に味わい深いんだよなあ。

マンガ『3月のライオン』に登場する二階堂くんのモデルでは、との説もあるので、マンガが好きな人もぜひ。
これは本当に良い作品です。
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『華麗なるギャツビー』でディカプリオを楽しむ

2013.06.25 (Tue)
原作者であるフィッツジェラルドが「ジャズエイジ」と名付けた1920年代のアメリカは、享楽にまみれた狂想の時代。だそうな。
豪奢な城で毎夜ド派手なパーティを催す成金ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)は、いったい何者なのか。

ギャツビーが開催する、酒飲みまくり、踊りまくり、泳ぎまくりのパーティは「ジャズエイジ」の象徴だ。
虚構と狂乱。まさに金持ちどもの理由なき乱痴気騒ぎ。
そこに潜り込んでいくニック(トビー・マグワイア)は、真夏の夜の夢のような空間にどこか馴染めず、僕らの分身となって物語を進めていく。

映画の序盤はけたたましいクラブミュージック(2013年はジャズエイジじゃないんだね)とキラキラした喧噪のシーンにやや辟易したなあ。ただ、もったいつけて登場するディカプリオは非常にはったりが利いていて、ミステリアスなキャラクターにとってもマッチしていた。うーん、いかにも妖しげ。

ギャツビーの素性がどんどん明らかになっていく中盤以降は、ニックと同じように、僕も、虚構の裏に隠されたギャツビーの純粋さ、素朴さに引き込まれていった。

そして想い人デイジーとの再会を経て、舞い上がり、やがて消え行く花火のように終息していくギャツビーの夢物語。
序盤と終盤の対比がなんとも虚しく、デイジーとの恋だけが人生のすべてだったギャツビーさんの姿が哀れでたまらなかった。


あまりにも有名なストーリーだけど、僕は原作も過去の映画も未見なので、本作が初体験。それでも物語自体には新鮮さはなかったかなあ。狂想から恐慌へと落ち込んでいく20年代アメリカの「祭りのあと」敵な虚しさは感じたけれども。金持ち社交界の馬鹿らしさに呆れるニックの気持ちがよくわかる。


そんなことよりこの映画は、ひたすらディカプリオを楽しんだほうがいい!
なんだろうね、あのウソっぽいふてぶてしさと、実は純朴な「ぼく」だったというキャラクターが、すごくハマっているんだよなあ。

「妖しい人だ…」「実はいいやつかも?」「なんて哀れな!」
ニックと一緒に、ギャツビー=ディカプリオの人間像を堪能しよう。

メキシコ戦は前田遼一の良さが出てたと思うんだけど。

2013.06.23 (Sun)
今日の前田は良かったんじゃないかと思います! ねえ!

後半やや失速したものの、前線で相手を追い回す守備は前回から変わらず。
それに加えて今回は、前田が引いてボールを受ける動きが目立っていた。というかボールに絡むシーンが結構見られた。

ハーフライン際で受けてサイドに展開したり、左サイドで崩しに加わって長友にラストパスを出したり、自分で裏に抜けようとしてみたり。
オールラウンドな前田の長所が3試合で一番出ていたように思う!

本田、香川、岡崎というゴールゲッターが2列目に揃っているため、あのチームのワントップに要求される役割は難しく目立ちにくいとずっと思ってきた。
特にゴール前中央は次々に選手が飛び込んでくるため、ある意味窮屈で、ときおり本田と前田のポジションがかぶり気味だったり近すぎたりする場面もあった気がする。
そんなチームの中、今日の試合で前田がボールによく絡んでいたのは、本田の調子があまりよくなかったからなのかなあ。相手の執拗なマークに苦しみ身体も重そうだった本田さん。彼の運動量が減退した分、前田にボールが回ってきた感がある。


前にも書いたように、今日のような仕事を一定レベルで処理できるのが前田なんである。だからレギュラーなんである。もう断固ひいきする! すでに盲信! いいじゃんファンだから!


…と言ったものの、やはりゴールとか勝利が見えないと、帯に短し襷に長し、といった評価は変わらないだろうなあ。前田本人も「できれば自分でゴールしたい」と何かのインタビューではっきり口にしていたよ。それだけに後半15分のシュートを決められないところが残念でならないし、さぞ悔しいことだろう。
しかも前田がチャンスで決めきれない中、後半トップに入った岡崎は今日もしっかり1点とっている。さすがとしか言いようがない。こういう状態が続けば、世間が前田に物足りなさを感じるのもやむなしだ。

いくらワントップにストライカー的な役割が求められてないと考えてみても、それは絶対的なストライカーがいないゆえの消去法的選択であって、結局のところ、前田は“ベターなフォワード”でしかないともいえる。だってメキシコ戦でも3-4-3にして攻めに出ようってときに外されたのが前田だもん…。
チームの得点パターンを変えてしまうほどの最強ストライカーがいれば、きっと前田は不要になってしまうだろうね。
今後、豊田や工藤や渡邊千真や(森本)がハマる可能性だってあるわよ。

だから前田くんにはますます期待する!
前田は生粋のストライカーとは違うし、オレがオレがと点を取りにいく役割は2列目の選手でいいんだと思うけど、やっぱ巡ってきたチャンスにはゴールできるよう頑張ってくれ!


それにしても、いくらブラジル、イタリア、メキシコ相手とはいえ、実際に3連敗するとがっくりくるね。
それだけ「もしかしたら」って期待があったからだろうね。いやー残念。

あえて今更B'zの足跡を辿る(2)大衆性と趣味性

2013.06.22 (Sat)
前回、B'zのデビュー曲から楽曲のスタイルと意図を探り、シビアかつ強かなビジネスパーソン・松本の姿を確認した。彼らがポッと出のラッキーユニットではなく、感性に任せたライブバンドでもなく、「売れるべくして売れた」オトナのプロジェクトであったことが窺えたように思う。
そしていよいよ趣味性に走っていくB'zのブレイク後を追う!

『LADY NAVIGATION』
ブレイクを果たし前作までで音楽の幅を広げてみせたB'zは、もう一度確かめるようにデジタルに戻ってきた。
この曲に関しては、まず何も言わずにPVの視聴をすすめる。紙くずが舞う中、満面の笑みを浮かべながらクネクネとダンシングする稲葉氏。今になってみると笑えてしまうビデオだが、これを今恥ずかし気もなく披露できる彼らの素朴さといったらどうだ。飾らない人柄に胸を打たれてしまう(大げさ)。
曲は原点回帰したかのような軽やかさ。というかペラペラ。「ロックこそB'z」と信じてやまない方にはウケないだろうが、僕が密かに気に入っている松本のカッティングが楽しめる。
稲葉の歌詞も冴え渡り、「公園のベンチでソフトクリームを舐める」「地球にはじけるほほ」などなど、独創性溢れるフレーズを投げ込んでくる。うーん言葉の意味はよくわからんが、なんだかすげえイメージだ!

本作はカネボウ「NAVI」とのタイアップだったため、キッチリと歌詞にも「NAVI」を使用。後のタイアップソングにも度々見られる律儀さだが、こういう生真面目なところもまた、商業主義とか言われてしまう遠因なのかもしれんですね。
まあコピーと歌詞を絡めるなんてのは昔のアイドルソングとか世良さんの『燃えろいい女』とかにもあるわけで、本人たちはエンジョイして作ってると思うんだけど。

『ALONE』
サビ前のオーケストラヒットが印象的なロッカバラード。いかにもロックバンドっぽく、とうとうやりたいことをやりだした感じがする1曲だ。
が、しかし、モトリークルーの『time for change』に似ているとの指摘あり。ええ。コード進行そっくり。AメロからBメロもほぼ一緒やね。いやはやなんとも苦笑いしか出てこない…。
ま、まあモトリーのほうがシンプルで、び、B'zのはアレンジが凝ってるね! うーん、好きでこういうのやりたかったんだろうなあ。以上!

『MARS』
音楽性をシフトしようというときに、毎度毎度出してくるミニアルバム。「踊れるハードロック」がテーマだというように、ついに念願の「ハードロック」への扉をノックする。
1曲目『孤独のRUNAWAY』からヘヴィな音作りになっており、今日のロック歌謡的なB'zの原点がここにあると思う。中期以降の楽曲が好きな人ならば、ここまでは遡って聴いてもまず違和感はないだろう。

このアルバム、これまで以上に実験的である。攻めすぎている。表題曲である『MARS』からして、静かで不穏なギターにのせて、ただひたすら稲葉が語るという代物だ。
しかし、それ以上に僕が問題視するのが、『Loving All Night 〜Octopus Style〜 』! 間奏中、突如として喘ぎ始める稲葉…
「はあ、は、はあ…」(おやおや?)「ああ! あう! んぅぅぉぁぁああああういぇえ!!」と喘ぎからのシャウト! 絶頂に達する稲葉! 凄まじいハードロック! なんやねんコレ!

『BLOWIN'』
喘ぎ声まで投入した『MARS』に手応えを感じたのか、同じ路線でシングルをリリース。シングルゆえか、こちらのほうがポップ。さすが松本、手堅い。
デビュー当初から掲げてきた「デジタルと生音の融合」はここへきてマーケットに受け入れられ、松本がじっくりと階段を上ってきた結果、踊り場に立ったといえるだろう。初期B'zの完成型である。
「ボーロボッロにー」と始まるAメロが印象的だが、歌詞とメロディの心地よいハマり具合もお見事。「歌詞にタブーを作らない」とは稲葉の談だが、以後、譜割に合わせて妙なフレーズも歌いこなす稲葉らしさの萌芽を見る。

『ZERO』
前作で「デジタルと生音の融合」に一応の完成を見た。それまで慎重に慎重を重ねてハードロックという趣味性を小出しにしてきた松本は、ここで一気にロックへと振り切ってみせる。果たしてこの勝負手は、吉と出たのである。
イントロから、明らかに重厚になったバスドラムと歪むギターサウンド。「風がブロウィング」していた爽やかさはどこへやら、稲葉も「オーライ!」とすっかりロックだ。
歌詞のほうも「このまま車ごと君の家に突っ込もうかなんてことまで浮かんでくる」とアナーキー。そして「工事渋滞」や「からっぽの冷蔵庫」というフレーズに忙しない都会暮らしの虚無感を託しつつ、東京砂漠よろしく無味乾燥な世界でいっそ何も考えずゼロになってしまいたい、と歌う稲葉。これほど象徴的に“気分”を言葉にできるとは、詩人だなあ。

しかし、こうしてミリオンセラーになったこの曲も、The Eaglesの『Victim Of Love』に酷似していると指摘されている。う、うぬぬ…。


当時だってロックバンドは活躍していたが、100万枚売るようなポップス歌手がコテコテのアメリカンハードロック/メタルをやるというのは、たしかにチャレンジだったろう。今マーケットを見渡しても彼らほど大衆性を備えたハードロック/メタルのバンドがいないことを考えると、彼らが開拓者にして孤高の王者であることは自明だ。

ここでも何曲かあげたように、たしかにパクリといわれてしまうのも仕方がない面はある。ただ、あえて言うなら、洋楽ロックを下地にしながら日本の大衆にブリッジしたことに、意味があるとは思えないだろうか。もっと好意的に解釈するなら、それは彼らにとって「大好きな音楽」の延長にある遊び心だった。
もちろん人によって捉え方はそれぞれだし、パクリという批判もあって当然だと思う。
しかし僕は、彼らが趣味性の結果として成し得たことは、大衆邦楽市場にひとつ新しい音楽を持ち込むという価値ある行為だったと思うようにしている。


といったところで続く。

歌う俳優たち、その4:隠れシンガーソングライター江口洋介

2013.06.21 (Fri)
サラサラツヤツヤのロン毛にキャップ姿で「日本のあんちゃん」に君臨した男、江口洋介。
年々、男臭く渋みを増していく彼は男性から見ても魅力的で、もはやあんちゃんというよりアニキだ。

ヒマさえあればバス釣りに出かけるこの自然派男児が、かつて歌を歌っていたことは知っている人も多いだろうが、実は作詞作曲をこなすシンガーソングライターだったことはあまり知られていないのではないだろうか。
はい、僕は正直知りませんでした。

『恋をした夜は』あんちゃん度:★★★★☆
おそらくこの曲でほとんどの人が江口の歌を認識したであろう、最初のヒット曲。とはいえオリコンチャートでは最高17位とさほど振るわず、どちらかというとじわじわ長い時間をかけて浸透していった。
缶コーヒーのCMソングの印象が強いこの曲、映画『七人のおたく』の挿入歌だったりもする。ウッチャンナンチャンが主演、7人のオタク達がそれぞれ得意な技巧や知識を駆使して作戦を遂行する、というなかなか尖った映画である。サバゲーオタクやフィギュアオタクなど、今も数多い愛好家たちの類型はここである程度示されていて、余暇をとことん趣味に費やすバブル期のオタク文化が、アングラからメインへと引き上げられ始めた時代背景を思うと感慨深いものがある。
そんな中で江口が演じていたのはMacオタクのエンジニア! いまやMacはファッションアイコンですからねえ。劇中の江口もファッショナブルな雰囲気で、Macの立ち位置みたいなものを非常によく捉えている…気がする。

歌と関係ない話が長くなってしまったが、曲は爽やか系ミディアムポップス。恋の始まりに弾む気持ちや、片思いしている時期のもどかしさなんかを歌う。「君の部屋の灯かりを ひとり遠く見ていた」とか「君のうしろ姿を 熱く熱く見送った」とか、気持ちはわかるが軽いストーキング風味でやや物騒。気持ちはわかるよ!
好きな人ができるとねー、すべてとは言わないけど、少なくともその恋はなんとかなるんじゃと思っちゃう目出たいタイプだったよ僕も。こういう男子の能天気さは、あんちゃんも同じだったかー。
溢れるポジティブ。

『愛は愛で』あんちゃん度:★★★★★
こちらはドラマ『陽のあたる場所』の主題歌で、オリコン8位と健闘。ところがこのドラマにはなんと江口洋介が出演すらしていないという、歌う俳優にあるまじきパターン! シンガーソングライターだからすかね! 曲提供したんすかね!

曲のほうは、アコースティックギターとピアノのノリが良い軽快なロック(?)。なんとなく福山雅治の『hello』とかを思い浮かべれば近いような。
一生懸命生きてれば、愛や夢もなるようになるさ! そんなポジティブな人生観をアッパーに歌い上げる江口。歌唱にも力が入っているのがわかる。ドラマが青春をテーマにしているので、それに合わせたんだろうか。どこまでも青臭く真っすぐだ。『ひとつ屋根の下』しかり、この頃の江口はこういうバカみたいに直情的な爽やかあんちゃんというのがパブリックイメージだったんだろうなあ。


今や完全に音楽活動から身を引いてしまった江口洋介。俳優というより役者といった風情の今の彼では、確かに片手間に歌を歌うのは難しかろう。でもせっかく曲作ったりしてたんだから、たまには歌ってほしいなあ。森高千里にドラム叩いてもらってさ。

コンフェデ惜しかった! 前田にも決めてほしかった!

2013.06.20 (Thu)
イタリア相手に4-3の惜敗。純粋に観てて面白い試合だったけど、うーんカテナチオは遠くになりにけり…。

まるで別なチームかと思うほどアグレッシブさを見せた日本。特に前半の猛攻は近年見たことがないくらいの迫力だった。パスは回るし隙あらばシュートを打つ! なんという攻め気! 正直、イタリアを圧倒していたと思う。

それでも結果は4失点の逆転負け…。願わくば勝ってほしかったけども、イタリアには、ブラジルとは違う種類の強さを見せられた気がする。どんなに劣勢でも少ないチャンスを活かして勝ち切る試合巧者ぶり。ブラジルを相手にした日本にはなかったもんなあ。あな悔し。

この試合の前田はプレスに走り回り、惜しいシュートを放ったりと、結構良かったんじゃないでしょうか。チーム全体のリズムは前線のチェックから始まるようだし、そこから奪って人数をかけて分厚い攻撃ができていたはずだから、現状センターフォワードの一番手としてハマっていることは示せたように思う。いらないなんて言わないで!
ただやっぱり本田や香川に比べるとやや打開力に劣るし、岡崎もこの試合は相当キレてたんで、ボールに絡む場面でのインパクトは残せなかったかなあ。前半のどフリーで打ったヘディングは決めてほしかったわい…。

個人的には岡崎に感激! 素晴らしいゴールを決めたのはもちろん、球際での「もう一歩」というか足を出す粘り強さが際立っていた。「試合後に嫌な相手だったと思われたい」という岡崎くん、確実に嫌がられていたぞ!

逆にちょっと不遇なのがハーフナーかなあ。彼は高さを期待されているんではないのかね。終盤の日本は点を取らなきゃしょうがなかったわけだけど、ハーフナーを狙ってパワープレーってよりは、前半と同じように確実につないでつないで香川、本田、長友あたりで崩そうとしていた気がする。
まあセットプレーのときなんかは脅威になるだろうから、そういうオプションとして選ばれているんだろうかね。
つくづくあのチームのセンターフォワードは役割が難しいと思うよ。


いやー実に悔しい敗戦でしたけども、日本のポテンシャルは十分見せてもらいました。
メキシコ戦も頑張って。

あえて今更B'zの足跡を辿る。やりたいことをやるためのビジネス

2013.06.19 (Wed)
B'zがなんとデビュー25周年を迎えたとのことで、先日Mステに出演しているのを見かけた。
25年…僕が小中学生の頃の人気グループが、今もこうして活躍していようとは。不老不死かと思われた稲葉氏も、さすがに若干老けたか?
B'zといえば、パクリだ女子供向けだなどと揶揄されることもあるが、それは現在も一線級のヒットメーカーであるがゆえ。もちろん人の好みもあるだろうが、どうも「売れている」事実がコアな音楽ファンを彼らから遠ざけている節がある。
だけど僕は、それは表面的で「音楽ファッション的」な敬遠だと思っていて、B'zにしかない面白みや深みはちゃんとあると思うものである。あんなコテコテのアメリカンハードロックをやりながら、アイドル的な人気もあるなんてある種、異様だ。どうしてこんなに成功したのか? 考えるほど不思議なグループだ。
そんなわけで、ベスト盤も出て、YouTubeでもビデオが公開されているところで、「売れまくりの勝ち組」になった彼らの足跡をあえて今更振り返ってみよう。

『だからその手を離して』
アルバムと同時リリースの記念すべきデビュー曲。デジタルと生音の融合がコンセプトだったようで、歌とギター以外は打ち込み。ダンサブルなデジタルビートってことでTMネットワークのフォロワーといった感は否めない。
松本のギターもまだまだ控えめで全体的に軽く、ペラい。「だからそーのー手をっ、はーなっしてっ、いーまーすぐっ、ゲッアーローマイウェイ!」なんていうサビのリズムがどうにもノリづらいなあ。
稲葉の歌唱は初々しく、声もハスキー。難解な曲も自在に歌いこなす今の稲葉からは想像もつかないほどカッチカチだ。好みによっては、こちらの稲葉のほうが良いって人もいるかもしれないね。それくらい今と違う。
一方で歌詞には「しゃしゃりでて」「がんじがらめ」など現在を髣髴させるフレーズがちらほら。すでに稲葉風味を漂わせているあたり、センスとしか言いようがない。
しかし残念ながらヒットせず。オリコン圏外。

『君の中で踊りたい』
「Crush CrushタクシーひしめくNeon street」とかいうバブリーな歌い出しが時代を感じさせる。
「全曲シングルにできるくらい」と意気込んで予算と時間を割いた2ndアルバム『OFF THE LOCK』と同時リリースだったが、本作・アルバムともにあえなく爆死。プロデューサー松本もさぞ頭を抱えたに違いない。
曲は完全に前作の路線を引き継いだダンスナンバーで、とりたてて語るべきところもないかなあ。うーん。地味!

『BAD COMMUNICATION』
突如リリースされたミニアルバム。松本曰く、フルアルバム3枚出す間にヒットしないとまずい、とのことで、1、2枚目の失敗を経たところでそっと出してみた感じ。結果的に本作のスマッシュヒットが3rdアルバム以降のブレイクにつながることとなる。
表題曲『BAD COMMUNICATION』は良くも悪くも有名な問題作。ツェッペリンの『Trampled Under Foot』とそっくりで、パクリといえばまずこの曲があがる。まあ、似てるね…。拝借したかはともかくとして、以降もアレンジしてはリリースしたりライブで披露しているようなので、本人たちはだいぶお気に入りの模様。

初期のB'zには、実験的なミニアルバムで石橋を叩いてみる戦略がしばしば見られた。こういうところにB'zのビジネス的な側面というか「売れなきゃしょうがない」という松本の意志が現れていて面白いと思う。
やりたい音楽を感性に任せてやりぬくほうがミュージシャン然としているかもしれないが、まず売れてからやりたいことをやるという彼のアプローチもまた否定されるべきものではない。

『LADY-GO-ROUND』
勝負の3rdアルバム『BREAK THROUGH』と同時リリース。本シングルこそようやくTOP50入りだったものの、アルバムは週間3位と念願のヒット。松本もホッと胸をなでおろす。
この頃になると稲葉の作詞能力もいよいよ花開き始める。「こひしかるべき わがなみだかな」などという百人一首の文句を、稲葉以外の誰に歌えようか。また、女や恋なんて次々巡ってくるよと強がってみせつつも、最後には「やっぱり君がいい」なんてふやけちゃうところも、稲葉独特の情けなさがある。
ついでに言っておくと『BREAK THROUGH』の10曲目『SAVE ME!?』も要注目。ジミヘンの『PURPLE HAZE』からリフを拝借しつつ、それどころか歌詞で「パープルヘイズ!」と歌ってしまう荒業! 遊び心をわかってくれと言わんばかりの松本の叫びが滲む。

しかしこの頃の「どこのブティックで買ったんすか?」という衣装には年代を感じるなあ。肩幅がね肩幅。

『BE THERE』
シングルではおそらく初のヒット。右に左に音が振れるイントロで耳がア~ってなる。
どこかアーバンな雰囲気を感じさせるミディアムチューンで、相変わらずデジタル主体だが、これまでのシングルよりもメロディに歌謡曲風味が強い。Aメロの哀愁漂う旋律は、さすがヒットメーカー松本。ベースラインも渋いよ。
当時のPVを見ると、彼らの佇まいもようやく落ち着いて現在に近づいてきた様子。それまでは近未来的なのかヴィジュアル系なのか、いまいち納まりの悪さを感じたが、ようやく安心して見られるように。それでもロックユニットというよりは麻布のホスト風。

『太陽のKomachi Angel』
「あなたはたーいよーのコ・マ・チ、エーンジェー!」
言わずと知れた有名曲。よもやこれが初の1位獲得曲になろうとは…。
驚愕のタイトルもさることながら、曲のほうもいきなりラテンに。はっきり言ってB'zじゃなかったら思いっきりコミックソングである。これをやった人たちが後にハードロックを歌うなんて、なんという振れ幅。
稲葉本人さえもよくわからないというKomachi Angelであるが、どれだけ「洋楽のパクリ」と言われようとこのセンスの前には平伏せざるを得ない。これがある限りB'zはオリジナルであると主張してよい!

『WICKED BEAT』
またしてもそっとリリースされたミニアルバム。“いたずらな”とかそんな意味を持つこのアルバムは、過去に発表した4曲のアレンジバージョンを収録。
打ち込み主体のサウンドには変わりないが、全体的に原曲よりもややハードに、そしてなにより、松本のギターが存在感を増している! じわじわと主張を強めていく松本氏! うーむ、やはりミニアルバムは、ある程度好きなことをやってマーケットの反応を見るという実験場なんだな。
もうギャンギャン弾いちゃえよ! 売れっ子なんだからさ!

『Easy Come,Easy Go!』
おもむろにアコースティックギターを取り出し、フォークソング風味の楽曲をリリース。B'zが世間に認知され始めたところで器を広げておこうという、松本の強かさが見え隠れする。松本は良くも悪くも打算的で、常にB'zを外側から見ているのだ。
ライブハウスからのし上がってファンを巻き込んでいくイキのいいバンドと違って、彼は少しずつネタを小出しにしながら世間に入り込んでいこうとする。こういう姿勢はときに商業主義的だと批判されるが、「ハードロックやりてえ!」「ブルースやりてえ!」という秘めた想いが後に爆発する事実を知っていると、実にオトナだなあと感心してしまう。
あ、良い曲ですよコレ。普通に。タンクトップにジーンズ姿で歌う稲葉がトレンディ俳優のようだ。

『愛しい人よGood Night…』
前作からほとんど間をおかずにリリースされたスローバラード。矢継ぎ早にタイプの違う楽曲を披露し地場固めを行うB'z。1990年はこれで5枚目のシングルとなり、合間にミニアルバムも出しているんだぞ。機を逃さないこのビジネス感覚といったらどうだ!
肝心の曲は、いかにも王道バラードをやってみました、てな感じで可もなく不可もなし。ただ、ようやく舞台が整ったとばかりに松本のギターがむせび泣く! 一発で松本のそれとわかるギターのトーンはこの頃に確立したか。


といったところで続く…。

前田遼一に漲る闘志を見たり!

2013.06.17 (Mon)
眠くなりながらも見ましたブラジル戦。
頑張ってほしかったけども、とっても強かったねブラジル!

前半3分、後半3分、後半ロスタイム、計3失点の3-0。
「決めるべきところを決める」とか「先制点が大事」ってサッカー番組でもよく聞くけど、僕みたいな素人にも「こういうことか」と目から涙とともに鱗が落ちたよ…。

前半、ガンガンにプレスをかけてくるブラジルに、なんか慌てて見えた日本。まともにパスを回すこともできなかったように感じた。清武や岡崎が裏をついてロングパス、というシーンも幾度かあったけれども、チャンスにはならない。
対してブラジルは、ミスもあったにせよ簡単にボールを失うことはなく、しょっぱなのシュートチャンスにはバシッと決めてみせる。
足元はうまいと評判の日本代表だけど、ブラジル代表と比べると個人の技量の差で劣ることがはっきりわかってしまった。

そんな中でも前半の本田はキープできていたし、香川もボールを受ければ前を向いてドリブルで運べていたんで、その辺はさすが。日本の中でもやはりうまいんだなあと思った。

後半、早々と追加点をとったブラジルは、もうある程度引いてしまっていたのかな。
試合後に香川が「積極的に攻められなかった」と悔やんでいたけど、人数をそろえたブラジル守備陣を崩すような場面はたしかに見られなかった。疲れからか本田にもボールロストが目立つようになり、香川は行方不明に…。わずかなシュートチャンスを前田が果敢に狙ったものの、キーパー正面。
そうこうしているうちに後半ロスタイム、スルスルーっとカウンターでブラジルが抜け出し、やはりきっちりシュートを決めてゲームオーバー。無念です。

日本の選手たちは、出ばなをくじかれて思うようにプレーできなかったと口々に語った。攻めよりも、失点しないことを意識してしまったと。
はぁ〜、そういう微妙な意識のズレが、試合の大勢を決めてしまうんだなあ。「当たり前じゃろ!」って思っていたけど、先制点が大事ってのはコレなんだね。


日本の守備陣も完璧に崩されて失点したわけではないだけに、重要な局面で、高い技術を発揮するブラジルの強さが際立った。ネイマールの先制点なんて、正直「できすぎ!」ってくらいのきれいなボレーだったけど、結局はそれが出せるか出せないかが、試合を決めるんだなあ。

細かな戦術や選手評は専門家に任せるけど、日本の何倍もブラジルが強かったのは僕ら素人の目にも明らかだったろう。長友曰く、大人と中学生。選手のほうがもっと実力差を感じたのかもね。


ところでこの試合、先発のフォワードは岡崎でした。試合開始直前に決まったとかなんとか。そして僕らの前田は後半失点直後の途中出場。
そうとう悔しかったんでしょう。見ましたか、あの漲る闘志を! あれほどわかりやすく燃えている前田くんはなかなか見ないよ!
チャンスと見るや迷いなくシュート! ディフェンスでもモーレツにチェイス!
残念ながらネイマールのようなスペシャルな決定力はなく、得点こそできなかったものの、これまでにない前田の魅力が僕には見えましたよ。

次のイタリア戦も頑張ってくれー。

よくわからなくなってきた。統一球とはどういうもの? コミッショナーってどういう人?

2013.06.15 (Sat)
野球機構が統一級の規格変更を隠蔽していたとして問題になっているが、ちょっとわからないことがいろいろあるので整理。

<統一球とは>
2011年からプロ野球の公式戦で使用されているボール。
2010年までは4つのメーカーがボールを供給していて、球団によって使用するボールが違っていたみたい。そうするとボールの質に差が出て、ボールが飛んだり飛ばなかったりする。なおかつ、国際試合で使う球と国内で使う球の違いに毎度選手が困惑しているということで、いっそ国際基準(?)に寄せて質を統一しようということになった。ボールの供給メーカーはミズノ1社に決まる。
ボールの変更にともなって大きく変わったのが反発係数(飛びやすさ)である。
2010年まで = 反発係数:規定値である0.4134〜0.4374の間でバラバラ
2011年から = 反発係数:0.4134に近づけて統一


すると年間ホームラン数が、
2009年:1534本 → 2010年:1605本 → 2011年:939本 → 2012年:881本
と目に見えて減少したのである。ほうほう。飛ばないようにしたから、飛ばなくなったんだね。

結果、貧打戦になり試合がつまらんくなったというファンが出てきた。
おまけに2013年のWBCでも負けちゃって、統一球ってなんなんじゃ! という声も噴出。こりゃまずい。

そして迎えた2013シーズン。あれま、突然ホームラン数が増加。
打者が慣れた? いやいや統一球の質が変わったのでは? とまことしやかに囁かれていたところ、「内緒で変えてました」と日本野球機構が明らかにしたというのがことの次第だ。
しかも、これまでの統一球は反発係数の下限0.4134にも満たなかったというのだから、大問題。規定違反じゃないのか〜。

※ボールと飛距離の関係については、
こんな記事→http://number.bunshun.jp/articles/-/224434 とか
こんな記事→http://news.livedoor.com/article/detail/7610308/
もあるので、読んでみると結構面白い。味方はいろいろだね。

<加藤良三とは>
日本プロ野球の現コミッショナー。統一球の導入を押し進めた張本人。
元外交官で野球好きを自認しているとのこと。
(就任時のごあいさつをどうぞ→http://www.npb.or.jp/commissioner/news20080701.html)
この方、東日本大震災のときに3月25日開幕を断固主張、米国利益偏重のWBCに選手会が参加反対した際には参加を主張と、どうもファンからは良く思わないことも多かった模様。ふむふむ。
さらに、並ならぬ意気込みでボールに自分の名前まで入れて導入した統一球が、2013年に「自分の知らないところで変わっていた」と言ったものだから批判続出、「ウソつき辞めろ」の大合唱とあいなった。

加藤氏曰く、「不祥事ではない」「知っていれば公表した」。実際にボールの変更を進めたのは下田事務局長とミズノ社の独断で、露ほども関与していないらしい。ウソか本当かはわからないが、しどろもどろになった末に下田氏は辞任を表明。まるで鉄砲玉かトカゲの尻尾切りに見えても仕方がないよなあ。

<コミッショナーとは>
ところで、コミッショナーってどういう人なんだろう?
正確かどうかは責任持てないけど、日本プロ野球組織の最高責任者かつ最高権力者であり、日本野球機構の会長も兼ねているという。つまり野球のルールにおいても興行においても一番エラい人。球団間の話し合いなどに裁定を下したりするらしい。
任期は2年で辞任以外に解任する手段はないようなので、2013年中は加藤氏が辞めると言わない限り続行となる。

加藤氏は元外交官、歴任者も官僚や検事長、東大医学部教授と、コミッショナーになる人は野球関係者ではなく第三者的な人物が選ばれている模様。ふーん。


こうして調べてみると、なるほど色々知れて面白い。今回の問題についても自分なりには整理できた。

①規定の反発係数に満たなかったボールをこっそり変更するのは、明らかにミスの隠蔽であり不祥事。
②選手の成績と評価に関わるのだから、ボールの変更が球団・選手に知らされなかったのは問題。
③統一球の考え方は悪ではなく、飛ばなくなったり飛ぶようになったりすること自体が問題なのではない。
④加藤コミッショナーが「知らぬ存ぜぬ関係ない」を組織ぐるみで貫ければ、任期を終えるまで辞める理由がない。本当に知らなかったかどうかは、他人には知る由もない。

こりゃスッキリ解決するのは難しいですわ。
ボール変更の隠蔽については、下田事務局長が一人で責任を取ると言い切ってしまったわけで、関与があったにせよ無かったにせよ加藤コミッショナーは責任を負うつもりがないらしい。
多くの野球関係者やファンが怒り心頭だろうが、これだけ文句を言われても加藤氏は平気の平左なのだから、もうどうしようもない。
真相はまだわからない。本当に何も悪いことはしていないのかもしれないし、面の皮が超弩級に分厚いのかもしれない。

そもそもコミッショナーというのが、野球界の民主的な自治のために置かれたものであるのに、どうも独裁的になってしまっているんじゃないのかなあ。おまけに野球界の外からやってきているから、選手の立場と乖離した主張や施策がまかり通ってしまう気がする。
次期コミッショナーには、きちんと野球の現場を知る人が選ばれるべきだと思うなあ。

くたびれた大森南朋 『さよなら渓谷』

2013.06.14 (Fri)
先日『さよなら渓谷』の試写会へ行って来たのでメモ。
タダで映画が観られるなんてありがたや。

なかなかヘビーな映画だったなあ。
15年前に起きた犯罪の被害者と加害者が、なぜ共に暮らすようになったのか。
主人公夫婦の隣家で起きた幼児殺しがきっかけとなって、15年前から現在に至るまでの真相が明かされていく。
ってのが筋立て。

序盤はミステリー仕立てで、話が進むにつれて被害者と加害者の心情にフォーカスしたドキュメントタッチになっていきます。
一生モノの傷を負わされた人と負わせた人が一緒に暮らすなんてのは、ほとんどファンタジーなんだけど、もしかしたら人の情愛にはこんな形もあるのかなあと思わせるだけの、もっともらしさはある。
この投げ掛けが本作の主題であろう。二人の関係を「歪んでいる」と捉えるか「意外と真実」と捉えるかは、人によって様々。話の核となる仕掛けはポスターで堂々と暴露されているが、主題について考えるには映画の後半を観る以外にない。

個人的には二人の関係とかよりも、くたびれた大森南朋と主役の男性に目がいってしまった。
この男二人には、輝かしい過去としようもない現在という共通点がある。特に中年丸出しの裸体を晒した大森南朋には「今のオレ情けねー」感が滲み出ていてたまらん。

彼らを見ていて思うのは、犯罪にしろ就職の失敗にしろ結婚の失敗にしろ失恋にしろ、誰にだって大なり小なり逃れ難い過去はあるよなあ、ということ。ほんの些細な事だって、自分にとっては墓場まで持っていくくらいの後悔だったりする。少なくとも僕には思い当たることがある。
そういうものと相対して生きていく辛さとか情けなさを感じるなあ。

僕は犯罪者ではないので、大森南朋の妙にリアルな中年裸体に感じ入った次第。

岡崎ゴンイズムの証明

2013.06.12 (Wed)
代表63試合で33ゴール、しかもゴールした試合はことごとく勝利しているんだから頼りになる。
岡崎さんスゴいっす!

先日『すぽると!』で見たインタビューで、岡崎が自分のプレースタイルを語っていた。

「(相手に)なんだこいつ!? って思われることは多いと思う」
「しつこい動きを最後まで繰り返して、終わったときに“嫌なやつだった”と思われたい」
「“今のは敵を引っ張れた”とか“スペースを作れた”というのは、動いてみないとわからない。だから絶えず動いて改善していく」

おおよそこんな感じだったかな。
僕はこの話に「ゴンイズム」を感じてモーレツに納得した。
かつてゴン中山も、愚直に動きを繰り返すことが大事だと何度も語っていたように思う。泥臭さとか、ダイビングヘッドとかをキーワードに岡崎=ゴン説はよく言われているけども、「相手にとって嫌なフォワード」という共通項は、こういうところにあるのかと初めて理解した。
運動量の多さとは、アクションの繰り返しの多さであって、それこそが「なんだかんだで決めるストライカー」の条件なんだなあ。

昨日の試合でゴン中山は、ハーフナーのプレーについて、
「周りの意図を感じて、二人目を活かす動きができるかが大事」
と解説していた。
これもやっぱり、敵に嫌がられる動きを繰り返せって言ってるように思う。そういう意味で今の代表のワントップには運動量が必要ってことだろうね。

そのハーフナーと代わって入った昨日の前田くん。残念ながらほとんど見せ場がなかったけど、たぶん、代表フォワードの中ではアクションの多さを一番評価されているんだろう。タイプ的には岡崎がフィニッシャーだから、お互いの補完関係の中で、なんだかんだ最後には岡崎が点を取る良いコンビなんだ。

コンフェデでもゴンイズムに期待。

森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』

2013.06.10 (Mon)
森見登美彦の『ペンギン・ハイウェイ』を読んだ。
この人の作品は他にもいくつか読んだが、本作はライトな村上春樹、という印象をもった。

物語はやけに賢い小学4年生アオヤマ君の一人称で語られる。
ある日、近所の空き地に、いるはずのないペンギンが大量に現れるところからストーリーは始まる。この現実とも夢ともつかない摩訶不思議な展開は、村上春樹にもよくある。
そして非現実的な探検と、現実的な学校生活の行き来。非現実的な世界を介した「お姉さん」とアオヤマ君の結びつき。「海辺のカフェ」なる喫茶店。散りばめられた謎がひとつに収束していって、最後に残る喪失感。
やっぱり村上作品へのオマージュなんでしょうかね。

比較するのもあれだけど、村上春樹の作品よりもこちらのほうがエロ・グロ的な部分がない分、スッキリと読めた。主人公の少年少女しかり、ペンギンしかり、かわいらしい寓話といった趣がある。

森見登美彦の描く登場人物は、どこかおかしみがあって魅力的に感じる。
村上作品だったら「スカした気障なやつ」になりそうな主人公だが(またまた引き合いに出して申し訳ない)、アオヤマ君にはふとした可愛らしさや素直さがあって微笑ましい。
「お姉さん」もすごくいい。森見登美彦が僕と年代が近いせいかなあ。漫画やゲームで育った世代が共感しやすいような女性像なんだよね。重苦しさがないというか。よくわかんないけど。

全体的にライトで読みやすい雰囲気。それでいて生命や死生観を考えるようなところもあって、読み応えもある。
僕としては、常に客観的で記録することにこだわるアオヤマ君が、メモしきれない「感触」や「感覚」を戸惑いつつも受け入れていくあたりに、著者の実感が込められているようで面白かった。

謝罪の出番? 『どげせん』と『謝罪の王様』に類似性・依拠性はあるか

2013.06.10 (Mon)
音楽にせよ絵画にせよなんにせよ、表現には模倣・盗作問題がつきものである。むろん映画もしかり。
映画『謝罪の王様』が漫画『どげせん』の盗作なのではと少々話題になっている模様。

著作権法上、盗作と認められるには作品の類似性依拠性を証明せねばならない。はたして当該2作品の間にはそのような関係があるだろうか。

類似性とは要するに両者の表現は似ているかという判断である。
話題の2作は両者とも「謝罪」がモチーフになっていてその点では似ているといえるが、これだけでは、たとえば野球漫画2作品を比較しているのとそう変わらない。謝罪自体に独創性はなく、一般的に認知されているからだ。
では、あらすじはどうだろうか。
<どげせん>
平凡な高校教師、瀬戸登が、土下座を駆使してさまざまなトラブルを解決していく。
<謝罪の王様>
「謝罪師」黒島譲が、依頼人から舞い込む大小さまざまな事件に遭遇し、謝罪のテクニックを駆使して解決していく。

ふむふむ。次に、今回の騒動の発端となったポスターに関する視覚的表現。

<どげせん>
単行本の表紙では土下座の動作全体を描写したものは見られない。作中や連載時の扉、グッズの広告などには、土下座する男性を正面から描いた絵がある。
<謝罪の王様>
ポスター、WEBサイトのトップページなどなど、広報物のメインは土下座する男性を正面から写した写真になっている。

なるほど。この他、主人公の容姿やタイトルデザインなどは、まったく異なるといってよさそうである。
類似性についてはいったん置いといて、依拠性についても考えてみよう。依拠性とは、後発の作品が先発の作品を参照して作られたかどうか、である。

クドカンが『どげせん』を見たうえで真似したかどうか、という話なのでこれを断言するのは非常に難しい。ただし、見ていないことが立証できれば、たとえ作品が類似していても盗作にはならない。依拠性とはそういった性質のものだ。
まず、クドカンが『どげせん』を見ることができる可能性があったか。これは○であろう。『どげせん』は一般に流通している漫画であるし、謝罪をテーマに作品を作ろうと思えば、おそらく、情報が入らないことはないだろう。
次に、明らかに参照したと思われる表現(台詞や絵)があるかどうか。これは『謝罪の王様』が公開されるまで僕にはわからない。今のところは「土下座」の図がまあ似ているというところか。
そして最後に先発作品の著名性・周知性だが、週刊雑誌に連載していたこと、原作が板垣恵介氏であることなどから、一定程度の知名度はあったと考えていい。少なくとも、クドカンが絶対に知らないと言い切れるほど無名ではない。


長々と書いてきたが、実も蓋もない話をすると、『謝罪の王様』をすべて観ない限り判断不可能というのが結論である。現時点での。
「ポスターが似ている!」と言うは易しだが、「土下座」そのものはありふれているし、それを象徴的に描こうと思ったら、ほとんどの人があのような表現を用いるのではないだろうか。
さらに、あらすじを読む限り、『どげせん』が土下座に特化した物語であるのに対して、『謝罪の王様』は「さまざまな謝罪テクニック」を取り扱っているとしている。もっともインパクトのある、あるいは描写しやすい土下座がポスターなどには使われているけれども。

そういうわけで、両作品に類似性があるとは言い切れない。
また、依拠性についても、クドカンが『どげせん』を参照できる環境にはあったと認められるが、酷似した表現がなされているかは映画を観ないことにはわからない。


結局のところ何が言いたいかというと、『どげせん』のRIN氏は少々勇み足だったのでは、ということに尽きる。
たしかに謝罪をテーマにした作品は限られているけども、上述のように土下座のポーズだけで盗作とは言えないし、ましてやクドカンを「殴りたい」などというのは行き過ぎであろう。

仮にクドカンが『どげせん』を参考にしたなら素直にそう言えばいいし、内容が別物なのであれば、両作品とも謝罪をテーマにした素晴らしい表現である。

いずれにしても、わずかな情報で過剰にヒートアップするのはやめて、どちらかが謝罪のテクニックを駆使して矛を収めるくらいのオチはほしいものだ。

歌う俳優たち、その3:織田裕二が歌うこの地球に生まれてよかった

2013.06.09 (Sun)
CD全盛時代が生んだ歌手・織田裕二は、どうにもフワフワした存在感がある。
俳優としては紛れもない大物だが、歌手としてはさほど大ヒットしたわけでもないのに、なんとなく取り扱い注意感が漂う。
かといって反町隆史のように強固なこだわりがあるでもなく、一方で洋楽のカバーまでやりおおせるあたり、実に捉えどころがない。


『歌えなかったラヴ・ソング』地球に生まれてよかった度:★★☆☆☆
カ~ンチ! で超ブレイクしていた91年にリリースされた曲で、初のオリコントップ10入りを果たす。ラブではなくラヴである。
いかにも90年代J-POPといった曲調で、メロディはきれいだが当たり障りないともいえる。Aメロの、字余り気味の歌詞をあわてて歌う織田さんがぎこちない。というか織田裕二の歌い方ってなんかカチコチしてる!
ほとんどの人がこの曲で歌手・織田裕二を認識したと思われるが、けっこう爽やかで良い歌声なんだよね。特徴的な声でモノマネされてたりするけど、凡庸な曲でもあのボイスでワンランクアップするというか、「織田裕二ブランド」のタグをつけられるような、それくらいの威力はあると思う。
歌詞のほうはモラトリアムフレーバー満載。単なる失恋ソングかと思いきや、どうやら80年代の若かりし自分たちに90年代の(注:ナインティーズの)歌を贈るという、過去への感傷もはらんだ歌なのである。「今も一緒にいたなら、90年代の(注:ナインティーズの)ラヴ・ソングも君に歌えたのになあ」といった具合に、カラオケボックス黎明期の時代背景もうかがえる?
00年代、10年代のラヴ・ソングはもう贈らなくていい模様。

『Love Somebody』地球に生まれてよかった度:★★★★☆
都知事と同じ青島ですでおなじみ、『踊る大捜査線』主題歌。
織田裕二ファンのほとんどが「?」だと思われるレゲエ歌手、マキシ・プリーストによる曲提供。刑事ドラマにレゲエ? それも織田裕二が歌う? という摩訶不思議な取り合わせだが、ドラマのヒットとともに歌もしっかり浸透、今では現場で闘うデカたちのアンセムと化す(適当)。
レゲエとはいえ陽気な雰囲気はなく、どちらかというと泣きメロで日本人向けの歌謡曲。ゴスペル風のアレンジもあったりして、ドラマのエンディングには良い具合に寂しげだ。
テレビドラマ終了後も、映画が公開される度にリアレンジバージョンをしつこくリリースし、最終的には『Love Somebody完全盤』と題して12パターン(!)ものラブサンバディを収録するという暴挙に出る。
ネバネバネバネバネバネバネーバ!

『All my treasures』地球に生まれてよかった度:★★★★★
陸上の前ではカメラの存在を忘れるほど異常なテンションになる織田裕二。世界大会ともなれば、慣れないMCだけでなく当然のように歌も歌う。表題曲は世界陸上2007大阪のテーマソングで、開会式で熱唱したと伝わる。本作には過去大会のテーマソング3曲も収録。
裏を打つリズムとアコースティックギターの音色が心地よい静かなAメロ、そこにギターやストリングスが重なってサビ、大サビへと盛り上がっていく王道ミドルチューン。アレンジがなかなか凝っているうえに、メロディが織田裕二の声質に絶妙にマッチしていて実に伸びやか。名曲ですよコレは! カラオケで歌ったら気持ちいいに決まってる。ギャラリーも自然とタテノリで手拍子を始めちゃうに決まってる。
ところが歌詞の内容は「あなたといる今が僕の宝物」といったよくあるテーマで、挑戦とか勝負といった陸上っぽい応援歌を期待していると肩すかしを喰らう。
それにしても、「やったー!」とか叫びながら無邪気に陸上を楽しんでいる織田裕二を見ていると、生きる喜びさえ感じてしまうなあ。クヨクヨしないで楽しもう。オールマーイトレジャーーズ!

『Last Christmas』地球に生まれてよかった度:★★☆☆☆
ワム!の名曲をなぜか織田裕二がカバー。ドラマ主題歌とはいえ、洋楽をわざわざ主演俳優がカバーして歌うんだから、織田裕二以外にはできない芸当である。しかもアヴリルのプロデュースなどを手がけるブッチ・ウォーカーが参加。なにをどう評価したらいいのかわからない領域に達する。
パンク/ロック畑のブッチ氏によるアレンジは、終始ジャカジャカとリズムを刻むギターと、やけに主張の強いドラムが印象的。ふんわかした原曲と比べると随分エッジがきいている。ただまあ、あれをロック風にしたらこうなるよなあ、という範疇を出ず、無難ではある。
織田裕二とブッチ氏のツインボーカルっぽく、掛け合いも聞かせてくれるのだが、どうも織田さんの歌唱はこの歌にはマッチしない気がする。

『君の瞳に恋してる』地球に生まれてよかった度:★☆☆☆☆
これまた往年の名曲をドラマ主題歌としてカバー。またかい!
かつてボーイズタウンギャングが歌ってヒットした同曲はディスコ調のアレンジだったが、アコギメインのアコースティックなナンバーに。『太陽と海の教室』というドラマの雰囲気に寄せたのか、カラリとした夏をイメージさせる。
良い歌ですよ、ええ。しかしこの曲はあまりにも多くの人がカバーしている(キティちゃんも歌っている!)し、あえて織田裕二が歌う必要があったのかはギモン。
なお、本作に限り織田裕二ではなく「UZ」という謎の名義を使用。ホワイ?



唐突な洋楽カバーしかり、いまひとつ楽曲に織田裕二らしさが足りないようにも思うが、彼があの声と白い歯で歌うだけで十分に価値があることを再確認。
歌手なのか歌手でないのか、その間をたゆたう織田裕二は、へんにミュージシャンを気取らないぶん純然たる歌う俳優だといえる。

今のワンピースよりも初期ワンピースのほうが好きなワケ

2013.06.08 (Sat)
いい歳こいて少年ジャンプを購読している僕です。ジャンプは月曜日のダメージを軽減するための清涼剤であり、もはやそれが「ジャンプ」でさえあれば、中身はどうでもよい領域に到達している。面白いとかつまらないとかいう次元じゃない。

しかし『ワンピース』は確実に昔のほうが好きだった。
僕が歳とって飽きちゃったのか、あるいは懐古趣味なのかと思ったが、どうも違うようだ。
今のワンピースを楽しめない理由をここにメモする。


初期のワンピースのエピソードは、だいたい以下のような感じの筋書きでまとまっている。

起:ルフィ到着。新たな人物との接触。
承:虐げられる人々と、彼らを踏みにじり侮辱する理不尽な悪党の関係が明らかになる。
転:決定的な事件が起こり、怒ったルフィが悪党に鉄槌を下す。
結:長い苦しみ悲しみから解放される感動の結末。

水戸黄門か任侠映画の流れである。とってもシンプルだが善玉、悪玉、ルフィ一行の関係がわかりやすくて、なにより悪党に対してルフィが見栄を切る場面は、どのエピソードでもかっこよかった。
ワンパターンといわれようが、僕はこの任侠映画型のスタイルが好きだった。

しかし尾田先生が中学の頃から構想していたというワンピースの世界は、そんなこじんまりとおさまらない。
広大な世界とその仕組みが明かされるにしたがって、ワンピースは任侠映画型の連続から、大きな‘ひとつなぎの’物語へと変化していく。
時期にしてアラバスタを終えたあたりだろうか。

初期を任侠映画型とするなら、現在は大河ドラマ型とでもいおうか。

散りばめられた謎。複雑に入り組んだ勢力図。次々に現れるキャラクター。
そのすべてを視界に捉えながらグググイッと大きな物語を推し進めるようになったため、相対的にルフィの存在感は薄くなってしまったように思う。ルフィにフォーカスしていたレンズがススーッと引いていって、世界全体をレンズにおさめたような感じ。

そうすると、初期の頃は独立していたひとつひとつのエピソードが、大きな物語の中のいち場面にすぎなくなる。
ルフィたちの巻き込まれる事件が、世界全体が動くための仕掛けのひとつになる。膨大な世界の中にルフィの信念や意志は埋没していき、拳を振るう理由もだんだんボヤケてきたように思える。

ルフィといえば、「海賊王にオレはなる!」(ドン!)という超シンプルな行動原理で生きているので、世界情勢や歴史の謎なんて興味がない。いやむしろ、興味があってはいけない。虎視眈々と海の覇権を狙うキャラクターではいけないのである。過程などどうでもよいのだなのである。
初期こそシンプルな理念でエピソードを牽引してきたルフィだが、今やルフィの周りでは数えきれないほどのキャラクターたちがうごめき、彼らがいろいろ考えて物語を動かしている。結果として麦わら船長は、
「四皇を倒す!」(ドン!)
「なんか知らねえけど、アイツぶっ飛ばせばいいのか?」
「こんにゃろ〜〜!」
「すんげぇ〜〜!」
…なんだかカラッポになっちゃった。筋を通して悪を倒す、あのかっこいいルフィはどこか遠くへ行ってしまった。

任侠映画型から大河ドラマ型へと転換する中で、ルフィたちが活躍する単純なダイナミズムが失われてしまい、それが僕が今のワンピースをいまいち楽しめない理由になっている気がする。
大河ドラマ自体は、それはそれで面白いしさすがなんだけど、それゆえに今やルフィ以外の大物たちが動く話のほうが盛り上がるようなところがある。

尾田先生からしたら任侠映画みたいなものはやり終えたし、壮大な世界を描き切りたいことだろうから、仕方ないんだけど。世界のすべてを描きたい気持ちは、空白恐怖症とでもいえるような現在の書き込みっぷりにも見て取れる。個人的にはそれも読みにくいんだよなあ。


それにしても僕が中学生の頃に始まったこのマンガが、いつか終わるときには、それはスゴい感慨があるだろうなあ。それまでにかっこいいルフィは帰ってくるのか。
気長に読み続けるとしよう。

どうしちゃったんだ奥。プロスポーツ選手のセカンドキャリア

2013.06.08 (Sat)
元ジュビロの奥大介が、妻への脅迫、あるいは暴力の疑いで逮捕された…。
ジュビロ黄金期の彼を知っているだけに、非常に驚いたし、ショックだ。

しかし今回の報道で気にかかったのは、彼が飲食店の手伝いとして再出発を図っていたことだった。
あれほどの選手でさえ、引退後もサッカーの世界で食べていくのは難しいものなのだなあ。
「オレ頑張れそう」と語っていた、なんていう報道を耳にすると、今回の悲劇の裏にはこうしたセカンドキャリアの難しさからくる何かがあったのではないかなあと、いろいろ想像してしまう。想像でしかないけど。

Jリーグでは選手のセカンドキャリアをサポートする取り組みも様々に実施しているようだが、すべての選手をサポートしきるのはさすがに不可能に近いだろう。入団4年後には半分の選手が引退し、その3割しかサッカーの世界で食べていけないらしい。
プロスポーツ選手は、子どもたちの憧れであり夢だけれども、ずっとその世界で生きていけるのは、ほんの一握りのなかの、そのまた一握りなんだ。夢と背中合わせのリスクや現実を知らされた気がして、僕のような部外者は無邪気でいられなくなる。



それはそれとして、清水健太郎はまたかという感じだ。3年ぶり通算8度目の逮捕だという。甲子園出場校の記録じゃないんだから。
ねえマスター作ってやってよ。薬忘れるカクテル。ねえマスター早く。

物事に絶対なんてものは絶対にない。米原万里:『魔女の1ダース』

2013.06.07 (Fri)
僕はそれほど読書家ではないけれど、これは自信をもってオススメできる一冊。
著者の米原万里さんはロシア語通訳者を本業に、エッセイスト、作家としても活躍した女性。詳しくはなんでも知ってるWikipediaをどうぞ。

タイトルにもなっている『魔女の1ダース』というのは、一般的には12で1セットである「ダース」が、魔女の世界では13で1セットとされていることからきている。
このように本書は、おおよそ常識的に知られている世の中にも、深く知ると「あっと驚くような」意外な事実が潜んでいることを教えてくれるものである。

取り上げる話題は、日常的な食事からアジアにおける日本、世界情勢や教育などなど、実に幅広い。
特に著者の仕事柄、東欧をはじめとした世界各地の風俗、慣習については本当に視点が細やかで、面白い発見が満載だ。
こうした数々のネタを綴る米原さんの語り口は淀みなく軽妙で、豊かな知識と観察眼にもとづく考察は、示唆に富んでいる。歴史的背景に絡む話もあるが、ごく簡単に噛み砕いて語られているので安心して読める。


僕はこの本を読んで、世の中知らないことが多いなあと思うと同時に、物事を別な視点から考えることの大切さをあらためて教えられた。
こう言うと月並みなテーマに聞こえるかもしれないが、本書ほど面白く、かつ深く頭に入ってくるものは他にない。それはやはり、くだらない話と奥深い話、笑えるネタと考えさせられるネタを巧妙に織り交ぜてくる著者の手腕によるものだろうなあ。


本書の冒頭で紹介される
「物事に絶対なんてことは絶対にない」
という言葉が印象深く、すべて読み終える頃にはこのアイロニックな一言が、僕にとって極上の金言になっていた。


価値観というのはまことに多様で、僕と誰かの価値観は、ときにまったく倒錯していることもある。
しかしあえて言いたい。
この本は絶対に読んで損はしない!

駒野…。がんばれゴエモン

2013.06.05 (Wed)
コンフェデ代表から駒野が外れてしもうた! 悲しい!

日本のサイドバックが人材不足だったのも今は昔、すっかり激戦区だもんなあ。

駒野は堅実だから計算しやすいし、クロスは結構武器になると思うから、ハーフナーとセットで控えに置いといてもいい気がすんだけども、もはや言うまい。

あとがんばれゴエモンっぽいよね。


しかし伊野波は残るんやな。

サマソニ・ミスチル・無印良品

2013.06.05 (Wed)
ミスチルがサマソニに出演するそうな。
ファンの人たちは嬉しいでしょうね。コアな洋楽ファンなんかもミスチルなら見ておこうかなあと思えるくらいの大物だよね。
まあ、ミスチルにしか興味がない熱烈ファンが大挙して押し寄せることに抵抗を感じる人もいるでしょうが、ミスチルのファンが他のバンドを、他のバンドのファンがミスチルを知る良いチャンスにはなる。
個人的には川本真琴のほうに驚きを隠せないけどね!

サマソニも演者の幅が広くなって賛否両論あるようで。
僕はああいうフェスにB'zやミスチルがバンバン出るのは良いことだと思います。客は入るだろうし、B'zだってなんだかんだ盛り上がったみたいだし、なにより、歓迎されてないかもしれないところにわざわざ大物が出て行くんだから大したもんよ。

ミスチルなんかはほどよいポジションのバンドだと思うよ。
某掲示板でミスチルは無印良品みたいなもの、というコメントがあったけど、言い得て妙だよね。
とってもお洒落な人がユニクロは買わないけど無印は着るってな感じで、ものすごい音楽ファンでもミスチルは嫌いじゃないってケースは多いんじゃないの。プレイリストにちょっと混ざっててもいい、みたいな。カラオケなんかじゃ大人気だろうし。
そしてなにより、B'zさんがいてくれるおかげか、売り上げやランキングの臭いがちょっと薄いのもポイントだ。

良い意味で尖ったところがなくて、極めてベーシック。だいたいの人が70点くらいつけられる。これは無印と同じく、商品のクオリティが安定していることの証明で、ロック的ではないかもしれないけど、桜井氏のポップスを生み出す能力が尋常でないことを表している。

20年以上も「ミスチルらしい」曲を作り続けていることは、すごいことだ。
長くやってるバンドすべてに共通するけど、本人たちが飽きずにやれてるってことはひとつの才能だと思う。

そういう人らが新たな聴衆の前に出て行こうとしてるんだから、場違いだファンがウザイだって敬遠しないほうがいいと思うけどな。
僕もチャンスがあれば見てみたいなあ。

電子書籍の万引き。データには重みというのがない

2013.06.05 (Wed)
紀伊国屋書店が展開する「キノッピー」を不正に利用して、タダで電子書籍を入手していた人たちがいるらしい。
被害額は2170万円とか。

違法コピーの万延もそうだけど、どうもデータにはいまいち重みというのが感じられんのではないかなあ、とか思ったりする。

書店員と顔を合わせて、お金と本を交換するわけでもない。通販で買ったものがその手に届くわけでもない。モノを盗む万引きに比べて、データの不正入手はなんとなく罪悪感が少ないのかも。
盗んだ人は、データをコピーしてるだけだから、店側が何かを失ったと思ってないんじゃないかしらん。でもそうじゃなくて店は販売の機会を失っているし、本を作った人は権利を侵害されているんだということを理解しないといけないよね。
だから著作権の教育ってこれから重要だと思うんだよなあ。

逆に盗んだりしたモノが手にあると、やっぱ悪いことした気になるのでは。(まあ、あえて悪いことをしたい年頃というのもあるけども。)
そう思うと、本なりCDなりの物理的な存在感といいますか「重さ」というのは、意外と大切なんだなあ。


日本がこれからコンテンツを売っていこうとしているんだから、僕らもデータの重みを感じないといかんと思いますよ。
データの万引きをしている人たちは、たとえば海外の人らが日本の大事なコンテンツを不正に盗み取っていたとしたらどう思うんじゃろか。怒りだすんじゃないのかね。

やっぱり前田くんは目立ちにくいなあ

2013.06.05 (Wed)
どうしても前田遼一をウォッチしてしまうんだなあ。しかし、うーん、目立ってなかった。なんつってもボールに絡む場面が少なすぎた…。後半しか見られなかったけど。

本田はゆったりしてるけど、とにかくボールが収まる。
そこから始まる攻撃では当然前田もアクションを起こすんだけど、その次に動く岡崎なり香川を絡めた形につながるシーンばっかりだったような気がするよ。
前田もクロスに対しては良い形でディフェンスの前に入ったりしているところもあったんだけど、たいがいのボールはその上を越えていってた。シュートチャンスはほぼなかったね。

前にも書いたけど、「シュートをぶち込むストライカー」という空気ではないから、なかなかフィニッシュの場面でボールが入ってこないような部分もあるんやろうか。

ただ、ゴンさんは言ってた。「前田がアクションを起こすことで攻撃が始まる」と。
ジュビロゆえかフォワードゆえかわからんが、愛ある解説じゃないか。
これをそのまま受け取るなら、2人目以降の動きを引き出したという点で、最低限の働きはしたと思ってもいいのだろうかね。

物足りなく感じた人が多かったとは思うが、引き続き頑張ってくれ、前田くん!


それにしても終盤の本田はすごいや。
あの場面で臆さず決めにいく力強さは、97年ごろの中田氏と重なる。

「docomoからiPhone?」みたいな記事はもうお腹いっぱい。出ないよ! というか出さなくていいよ!

2013.06.04 (Tue)
今どき本当に出るかも、なんて思っているユーザーもいないだろうに。

iPhone導入の布石か?――ドコモ「ツートップ戦略」の効能と課題
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130603-00000036-zdn_mkt-ind

まだこんな記事を大真面目に書いているメディアがあるというのは、どういうことだろうか!
おこだよ!

そりゃdocomoが将来的にiPhoneを扱う可能性がゼロではないのは本当だろう。
わざわざ未来永劫ない! と言い切る理由がない。
だから何かにかこつけて「出るかも…」と煽る記事を書くのは簡単だが意味はないし、そんな報道につられて出す出す詐欺だなどと喚く必要もない。


docomoの決算短信を見ると、営業収益は微増、営業利益は微減。契約者数もやや増えて、FOMAからXiへの移行を少しずつ進めているという印象だ。
たしかに順調に契約者数を増やしているソフトバンクと比べると苦しいように見える。やはりiPhoneという端末がすんごい人気だったことの表れだろう。

じゃあdocomoはどうすんのかというと、どうやら「ドコモクラウド」なるものを掲げて総合サービス企業を目指しているらしい。
dマーケットでコンテンツや食品・日用品を売る。インテリジェンスサービスで音声認識や翻訳サービスを提供する。クラウドサービスでフォトストレージなどを提供する。おおざっぱにいうと、こんな感じだそうな。

はるか以前から独自の決済システムを持つdocomoが、携帯端末に生活者向けのサービスを集約しようとするのはわかる。まだまだ国内の携帯電話では半数を超えるシェアを囲っているわけだし。

まあ成功するかどうかは別にして、「総合サービス企業になりたいんや!」と頑張っているdocomoさんには、肝いりの「ドコモクラウド」が使えないであろうiPhoneは馴染まないのである。モテモテのイケメンだけど、結婚したらドコモだ家のルールが崩れちゃうのである。
2015年までの事業計画だそうだから、少なくともそれまではiPhoneさんは憧れのあの人どまりだ。

そこで「いいもん! 他にもいい人はいるのよ!」と出てきたのがXperiaであり、Galaxy。なぜ国産ツートップじゃないんじゃ! と思ってしまうのだが、現状の世界シェアを考えると、iPhoneの対抗馬最右翼がGalaxyになってしまうのは仕方ないのだろう。そう思うことにする。


そういうわけなので、冒頭の「ツートップ戦略はiPhone導入の布石かも」なんていう記事は僕にとってはまったく説得力がない。出ないよ! と思うし、出さんでいいよ! というのが正直なところだ。
よく「いまだにわけわからんガラパゴスやってるdocomoはオワコン」なんていう話を聞くけど、じゃあ、ドコモクラウドも何もかも捨ててiPhoneを売りまくれば勝ちなの? 僕は国産メーカーと独自サービスで頑張ってほしいと思うけど。
(とはいえ、同じようなサービスがすでに山ほどある状況で、「いまさらドコモクラウド? ウケる」という気分にならないかと言えばウソになる。「NOTTV」とか誰が見るんだと思っちゃうし。)

docomoとiPhoneの記事はもうやめにして、ついでに通信速度の不毛な比較も端末スペックの比較もほどほどにして、もうちっと企業の内実とかを記事にしてもらえたらなあ。
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