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物忘れが激しく物覚えが悪い、三十路の備忘録

指定期間 の記事一覧

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前田にライバル出現! 山田くんデビュー!

2013.07.31 (Wed)
完全に新顔のテストだった東アジアカップ。
出た。出ましたね。前田遼一のライバルたちが。

3試合でワントップにおさまったのは柿谷と豊田。
やっぱ期待あるよね、若いし。

相手のレベルはどうであれ、3得点した柿谷はスゴいよ。
ゴールこそなかったけど、ポストにプレスに空中戦にと奮闘した豊田もスゴいわ。

前田の良さはチームの中で機能する確実さだと思うけど、圧倒的なゴールゲッターってわけじゃない。
本人もゴールはとりたいものの、2列目の攻撃力を活かすために動く。
そんで最近は数少ないゴールチャンスを逃してしまっている。

もし柿谷の得点力が強豪相手にも発揮できるなら、おそらく前田を押しのける存在になるよなあ。
でも香川やら本田やら岡崎とのチームにハマるかどうかは未知数。

そういう意味では、現時点で直接的なライバルになるのは豊田くん。
ポストはできるし献身的だし高さも申し分ないし、なにより得点という面で今は明らかに前田の上をいっている。Jリーグでね。

いやー個人的には前田を応援したいところだけど、代表のワントップには序列があるかどうか、もはやわからんね。頑張ってブラジルで活躍してほしいなあ。


そして山田大記も代表デビュー!
ポジション的に代表に食い込むのは簡単じゃないけど、本人はもちろん諦めてないんだから、こちらもぜひ頑張ってもらいたい!
アジア相手なら十分やれてたと思うんだけど、どうなんかな。
豊田へのナイスクロス連発は結構おもしろかった。
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著作権の非親告罪化が著作者とファンの共犯関係を壊す

2013.07.28 (Sun)
TPP交渉における著作権の論点のうち、保護期間延長と同等に重要視されているのが著作権侵害の非親告罪化だ。

アメリカ側が要求するこの非親告罪化が成立すれば、今は著作者本人の告訴がなければ起訴できない著作権侵害が、検察の判断だけで可能になる。そのため、著作権侵害の取り締まりが一層強化されるだろう、と考えられる。

アメリカがなぜこのような法改正を要求しているのかというと、自国のコンテンツを日本でもがっちり死守したいからである。
前回の記事で書いたように、天下のディズニー擁するアメリカは、圧倒的なコンテンツ輸出大国。ミッキーやプーさんによる権利収入を余すところなく拾い上げるために、著作権の保護を強化する「保護期間延長」「非親告罪化」を要求しているわけだ。

しかし著作権を守るため、とはいうものの、日本の市場に置いてはそれが直ちに権利者のメリットになるとは限らないから大変だ。

デメリットのひとつが、同人活動の制限である。
今まで「グレーゾーン」として意図的に見逃されてきた、ファンによる同人誌の売買や、いわゆる「MAD」のような二次創作動画の作成が、非親告罪化によってことごとく取り締まりの対象になってしまう。

作品の流用・改変・パロディであるファンの二次創作がなぜ黙認されているのかというと、原著作物の人気の維持・拡大に貢献しているからだ。権利を行使してファンを締め付けるよりも、自由にやらせて自作の露出や話題を広げてもらったほうが“うまみ”があるというわけ。

そもそも著作権者「訴えてやる!」と鼻息を荒くするのは、無断使用や盗用によって他社の作品が利益を得て、原著作物が利益を損なう、ゼロサムゲームが展開される場合である。
対して同人活動は原著作物のファンであることが前提であり、権利者と利用者の共犯関係がうまく築けているといえる。

最近は特にネットで“ネタ化”する作品や、いわゆる”腐女子”に愛でられる作品が局地的に人気を得る傾向が強く、自由な遊び場を奪うことは他ならぬ著作権者の不利益につながる。
ワンピースのような大衆人気を得にくい昨今、一部のコアなファンは従来以上に大切なお客様なのだ。

また、コミケやコスプレなどは日本独特の文化として海外でも認知されている側面もあるため、「文化の発展」という著作権法の目的に照らせば、それらを自ら失うことはすべきでない、とも僕は思う。

さらに経済の観点に立ってみると、コミケは553億円(08年、矢野経済研究所)もの市場規模があるとされており、決して小さくない経済効果を生んでいることも無視できない事実であろう。
まあ、どんだけファン同士が売買しても著作権者に1銭も身入りがないのは問題かもしれないけど、前述したような二次的な利益を享受していることで、今のところ「得」なんだろうね。

本当を言うと、きちんと権利処理したうえでファンが楽しめるのが一番なんだよね。
例えばフィギュアなどの同人即売会である「ワンフェス」では、その日その場所限定の版権が認められるシステムになっている。しかし同人誌においては作品がより多様・大量であり、立体物よりも版元の審査に手間がかかる、などの理由からコミケでは取り入れられていない。
他方ではJコミの代表を務める赤松健氏が、正式な認可を示す「同人マーク」の導入を提案している。
いずれにしても権利者とファンがそれぞれ個別に権利処理するのは現実的でないので、イベント運営者が一括して管理し、権利者に成り代わって販売の可否を判断できるようにしなければならんだろうなあ。

同人活動の制限以外にも、非親告罪化による問題はある。
創作活動が萎縮してしまう可能性もあるだろう。訴えられる可能性が高まるのだから、出版社や作者は表現にことさら気を使わなければならないし、チェックの手間も増える。
それに著作者の意志に関係のない告訴がもしバンバン行われるようになると、当事者の利害には影響がないのに、人員や時間やコストばかりが余計に発生してしまう。素晴らしい作品が第三者のいちゃもんで台無しになってしまうかもしれない。
これは文化的にも経済的にも損失ではないのか。

長くなってしまったが、非親告罪化は権利を厳格に守る一方で以上のような弊害を生む諸刃の剣だ。
僕は、権利の”遊びの部分”がコンテンツの売上拡大につながると思うけれど、海賊版や違法コピー、違法アップロードは単純に経済損失なので非親告罪化してでも厳しく取り締まるべきだと思う。
この線引きは超ムズカシーのだが、言ってしまえば「コンテンツによる儲けを増やすかどうか」がラインなのではなかろうか。

前回から再三書いているが、著作権とマネーの関係がもっと明確になればいいなと思う。
僕ら消費者にとって著作権は、パクリをめぐる感情論などに終始しがちだが、ひとつひとつの二次使用あるいは違法な利用がどういう利益・損害につながるかは、あまり身近でない。でもそこを理解しないとTPPの議論が進まないし、海外にコンテンツを売るどころか国内のコンテンツ産業でさえうまく育てられないように思う。
日本の資産としてのコンテンツに、もっと目を向けていこうと思いますハイ。

著作権の保護期間延長が問題視されるワケ。コンテンツとマネーの関係をもっと啓蒙しよう

2013.07.24 (Wed)
日本のTPP参加にともなって、「著作権の保護期間延長に合意した」との記事が出たり出なかったりしたようで、著作権関係者の界隈では米国化と不利益への懸念が広がっている。

聖域とされる自動車産業や農業に比べて、どうも軽く見られているコンテンツ産業。
それは著作権とマネーの関係が見えにくいことに起因するのではないかと推測する。

普段、山ほどの著作物に囲まれているにも関わらず、権利でお金を稼ぐ仕組みがいまいち伝わっていないというのが正直なところだろう。
それどころか、いかに権利をかいくぐり、無料でコンテンツを楽しむかのほうに興味が行きやすいのだから仕方がない。

しかし実際は、マクロな視点で見ればかなり大きな金額が動く重要な産業なのである。

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20130701_605885.html
上記の記事では、日本は著作権使用料の国際収支で年間5800億円もの赤字を計上していること、対してアメリカは年間9兆6000億円の黒字であることが指摘されている。
「ミッキーマウス」や「くまのプーさん」の著作権は、目に見えないその権利を売ることで、モーレツに外貨を稼いでいるのである。恐るべし!
それに比べて、「ジャパニメーション」やら「manga」がある程度世界で認知されているはずの日本は、マネタイズが遅れていることがよくわかる。

知的財産のひとつである著作権は、文字通り財産であって、権利の保護期間中は著作者やその遺族に利益をもたらす。お金を生み出す大切な資産なのである。


はて、著作権をより長く保護しようとする提案に、なぜ反対するのだろう? というギモンが湧く方もいるだろう。

それは簡単に言うと、アメリカに有利だからである。

TPPにおけるアメリカの要求は、主に「著作権保護期間の延長」と「著作権侵害の非親告罪化」だ。
前者は、現在日本では「著作者の死後50年間」という権利の保護期間を、70年間に延長しようというもの。アメリカではすでに70年間に延長されており、「ミッキーマウス」の保護期間が切れかけた際に延長されたため、ミッキーマウス保護法などと言われたりしている。

先ほど見たようにアメリカはコンテンツの輸出大国であり、古い作品がいまだに主力を担っている。だから保護期間を延長してまだまだ稼ぐぜ! てな態度なのである。
もうおわかりだと思うが、それでは日本の赤字は解消されない。

かようにアメリカは著作権という財産を活用してガンガンお金を稼ぎ、かたやコンテンツ大国であるはずの日本はうまく稼げないどころかアジアで海賊版が横行するなどして得られるはずの利益さえ失っている。
かてて加えて、さらにアメリカ有利の法律を押し付けられようとしていると思うと、なんとも口惜しいではないか。

まあ、僕らもディズニーやハリウッド映画を楽しんでいるのは事実。日本が有力なコンテンツをしっかりとお金に換えられれば赤字は解消できるわけで、だからこそ「コンテンツ立国」を標榜して国を挙げて政策を練っているのだけどね。
それが容易にいかないところが、この問題のややこしいところだなあ。

そして国内には、保護期間延長に肯定的な関係者が少なくないのもまた然り。松本零士先生なんかがそうらしい。著作者や遺族の立場になれば、財産の価値がより高くなるのだから当然だ。
とはいえ無闇に保護期間が長いとその分だけ利用が制限されて文化の発展に寄与しにくくなったり…

いやはや難しいが、ここでは文化的な側面はとりあえず置いとくとしよう…

いずれにしても、日本だってこれからは、がっちりと権利処理したコンテンツを世界に流通させていかなければならないわけで、著作権とマネーの関係を僕ら消費者もきちんと理解しなければいかんよなあと思う。それが成功したときには保護期間が長いほうがいいという論調になっているかもわからん(あくまでもお金の面では)。
以前に電子書籍の不正ダウンロードがニュースになったが、そういうのがジワジワとコンテンツの利益を損なっていくんだよなあ。著作権のリテラシー教育は、やらねばいかんと思う。ネットがあればコンテンツはタダ、という感覚は、やっぱよくないわよね。

他方「著作権侵害の非親告罪化」は、権利者が訴えなければ罪にならない「親告罪」を、第三者の訴えでも罪になる「非親告罪」に変えようとするもの。
これもね、著作物の盗用や無断使用を、さらに厳しく規制することになるのだから、権利を死守して金を稼ぐアメリカにはメリットが大きいだろう。ディズニーがどんだけ著作権にうるさいかは、説明せずとも皆ご存知のはずだ。

日本ではどうかというと、同人活動や二次創作に関して賛否両論、侃々諤々の状況なんだけど、長くなってしまうのでこの記事はオシマイ!

音楽業界の衰退原因はデータベース化にあるのではという雑感とカバーアルバム撲滅運動

2013.07.23 (Tue)
邦楽は終わってる。
とかよく聞くけど、正確にはお金にならなくなったのであって、音楽自体は終わってなどいないとは思う。
日々新しい曲は生み出されているわけだし、それらを好んで聴く層も一定数いる。ただ好みや聴くシチュエーションが分散したために一極集中しなくなり、誰もが知っているヒット曲が生まれなくなっただけであろう。つまり音楽に費やされるお金も広く浅く分散し、巨額の利益を生み出さなくなったわけだ。
クサい言い方をするなら、産業は死んだが音楽は死んでいない。クサい。我ながらクサい。

しかし個人的な体験を踏まえてみると、新しい曲を聴かなくなった理由は趣味の多様化だけではない。僕はデータベース化されてしまったことが最大の要因だと思っている。

今はiTunesやYouTubeを覗けば、年代や国を問わずあらゆる音楽にアクセスできる時代だ。
一方、ひと昔前は、そんなに簡単に過去の曲にたどり着けなかった。自然、テレビやレコード屋でバンバンかかっている新しい曲を聴くようになる。CD屋のランキングの棚から、何枚のCDを買っただろうか…。

音楽の氷山があるとしたら、CD黄金時代には、氷山の頂上付近=できたての曲しか見えていなかったのである。
ところが音楽がデータベース化されたことにより、氷山の麓までしっかり見えるようになった。

音楽は新しければ良いというものではない。発売がいつであろうと、良い曲は良いし、聴いたことのない曲は新鮮である。メロディや演奏方法はもはや出尽くしたともいわれ、最新曲だからといって極端なレベルアップや発明があるわけではないのが現実だろう。
さらに言うなら、音楽の良し悪しは思い出に強く結びついているものである。美しい思い出と紐づけられた曲は、無条件に名曲なのである。

結果として僕は、最新の曲を聴くよりも、昔の曲をほじくり返して聴くほうが楽しくなってしまった。というか新しい曲を追いかけなくとも、過去の膨大な名曲群を振り返るだけで十分になってしまった。

要するに選択肢が過去に遡って極端に増えてしまい、氷山の頂上が目立たなくなったのだ。

これは近年のカバーブームやリバイバルの多さ、懐メロに頼る音楽番組、あるいは著作権管理の厳しさにも現れているように思える。

氷山の下層=過去のお宝コンテンツが市場に溢れ返ってしまい、これにて「時代とともにある音楽」は終焉を迎えることとなる。現代の新曲たちには気の毒な状況だなあ。

うーん、とりとめのない話になってしまったので、ひとつだけ主張をしておこうと思う。

もうカバーアルバムを作るのはやめにしてくれ!
なんつーか、ちょっと隠れた名曲を、さも自分の歌のように披露されてる感じがイヤなんだ! 私が見つけた皆の知らない名曲、みたいな感じ? 友達とのカラオケじゃないんだから! 良い曲なのはもう大概みんな知ってるから!
歌のうまい人が上手にカラオケしてるのを聴いたって、つまんないんだよ! 夜もヒッパレで十分なんだよ!
気持ちよくカバーしてた歌ウマ歌手の皆さんどうかオリジナルの曲を歌えるよう頑張ってくださいお願いします!

YouTubeと音楽著作権とコンテンツビジネス

2013.07.16 (Tue)
動画投稿サイトにおける音楽著作物の利用について、少々ギモンがあったのでここに整理する。

現状、YouTbeを運営するGoogleでは、JASRAC等の著作権管理団体と契約し、まとめて利用料を支払うことで「ある一定ラインの」利用許諾を得ている。

・CD、DVD等の音源をそのままアップロードする → NG!
・CD、DVD等の音源をそのままBGMに使用した動画をアップロードする → NG!
・カラオケボックスの音源を使った動画をアップロードする → NG!
・楽曲を自ら演奏あるいは歌唱した動画をアップロードする → OK!

うむむ、要するにメロディと歌詞についての利用許諾は得ているけれども、演奏権などの著作者隣接権を有するものについては許可されていない、ということだろうかね。
簡単に言うと、他人様が手間ひまかけて録音した音源を勝手に複製したり送信可能な状態にしちゃダメですよってこと。なにしろ1曲レコーディングするにも奏者やらミキサーやらいろんな人の権利が絡んでるからね。

カラオケで歌っている人の動画を時折見かけるけど、勝手にやっちゃうとあれもダメなんだ。
http://joysound.com/ex/st/caution/

一方で同じように手間ひまかけて曲を生み出した作詞家、作曲家の権利についてはクリアになっているんだと。
そのためコピーバンドの演奏なんかは、アップロードすること自体は問題ない。
ただし、それとは別に演奏権というものがあるので注意が必要かも。演奏権てのは、公衆の前で許可なく著作物を演奏されない権利で、非営利目的の場合は無許可でよい、というもの。
だからYouTube上での権利処理に問題はなかったとしても、演奏自体が演奏権の侵害という場合もあり得るわけだ。

そもそもが親告罪なので、著作権者が訴えを起こさない限りは罰せられることはない。
YouTubeでも著作権者本人か正式な代理人が侵害通知を行うこととなっている。
http://www.youtube.com/yt/copyright/ja/copyright-complaint.html

そのため権利者のチェックが追いつかなかったり黙認されているケースもあるだろうけど、侵害行為が権利者の利益を損なうと、次の創作への下支えがなくなってしまい文化が停滞する可能性がある。
広く音楽を楽しめるようになったのは誠にありがたいことだけど、才能ある創作者にダメージを与えてしまうようなことはあってはならんよなあ…。


いまやYouTubeにはアーティストの公式チャンネルが続々オープンし、PV等を惜しげもなく公開するようになった。
違法コンテンツのダウンロードが刑事罰化したことを受けての流れだと思うけれど、CDやDVDの売上、映画の興行収入などがことごとく低下しているのを見るにつけ、コンテンツにお金を払う感覚は失われつつあるんだなあと実感する。

どうせCDは売れないし、放っといても勝手に曲を共有されちゃうし、だったら自分らで堂々と公開してファンを増やそうと。ついでに違法アップロードへの需要も無くしちゃおうと。そんな感じなんでしょうかね。

コンテンツの収益化というテーマは、なかなか難しそうだわ。
握手券や投票券をつけて音楽を売るという手法も、このコンテンツビジネスの過渡期が生んだ徒花のようなもんだよね。好き嫌いの分かれる商法だけど、それによって一部のクリエイターが報われている側面も無視できないとは思う。


※本ブログは法曹関係者が執筆しているものではないので、正確な法解釈は専門家のご意見等を参照してください!(脱出!)

あえて今更B'zの足跡を辿る(4)J-POPのあり方にひとつの回答を出した全盛期

2013.07.13 (Sat)
ブルースに傾倒した「暗黒の時代」においてもセールス的な成功を収め、なんでも売れてしまう無敵状態へと突入したB'z。「売れるグループ」から「好きな音楽をやれるバンド」へ、という松本の野望も成就したところで、その先の展開への模索が始まる。
B'zは再び、最先端から加速するのである。

『ねがい』
95年はB'zにとってリセットの年となった。それまで音楽制作の中核をなしていたチームを解体し、松本と稲葉の二人でB'zという原点に立ち返ったというが、アレンジャーに稲葉の名がクレジットされるようになったのはそのひとつの表れであるといえるだろう。
そうしてリリースされた『ねがい』は、「暗黒の時代」とはうってかわってポップ路線に回帰。童謡を意識したというピアノのイントロ、カッティングが冴え渡るジャジーなアレンジ、ファルセットを交えパワフルかつ繊細になった歌唱、などなど、これまで積み上げてきた音楽をうまくポップス・ロックに昇華した1曲だ。このあたりの、万人向けと本格派のバランスは絶妙で、個人的には傑作だと思う。単純だけどサビのギターリフとか好き。
長髪をばっさり切った稲葉は爽やかお兄さんとして再生。すっかりダークサイドから抜け出し、内向的だった歌詞もポジティブな応援歌へと変化した。
日々の鬱屈を世間や他人のせいにせず、願いがいつか叶うように生きていこうぜと鼓舞する稲葉先生。恋愛では“情けない僕”を歌う稲葉だが、本作では「いつの間にかじゃない自分で選んで歩いてきたこの迷路」「世間をののしりゃご老人」などなど、人生泣くも笑うも自分次第と力強い。「夢はいつか叶うよ!」とかいう日和った歌詞と違って、「どうなろうがお前の人生だろうがよ!」と叱咤してくれるのが稲葉スタイルなのだ。そうだよなあ、愚痴ばっかり言ってても仕方ないよなあ、などと妙に反省したりする。

『Love me,I Love You』
『ねがい』に続いてリリースされたポジティブソング。「暗黒の時代」の反動か、この頃のB'zは明るいメッセージを連投してくるなあ。
本作はブラスをフィーチャーしたアレンジで、数多いB'zのシングルの中でもトップクラスの明るさを放つ。歌詞のリズム感も抜群で、メロディに心地よくはまるようにフレーズを練るという稲葉の姿勢がよくわかる。
「ふとんを噛んで考えて」「そこんとこ埋めるべきなのは」「けちってないで僕はきっと愛をもっと出せる」「すぐにムッとするのグッと堪えて」
“ん”とか“っ”をうまくはめて、とにかくリズミカルに、メロディの元気のよさを殺さないようにしている。稲葉独特の語感は、本人の語彙力とセンスによるところが大半だが、一見ヘンな言葉でもこうして躊躇なくメロディに乗っけてしまう迷いのなさにもよるんだなあと感心してしまう。「なんちゅうLOVE!」なんて歌わないでしょ普通。「気持ちよくなりたけりゃ今出して」でとどめ。ちょいエロ変態風味はねらってやってるよな絶対。

そんな稲葉節全開の歌詞だが、言っていることは真っ当。人を愛する振りをして妙な期待を抱きすぎてはいないかい? と投げかける稲葉。期待を裏切られたり、ついてねーなーと感じるとき、僕らはついつい他人や環境に責任を求めてしまいがちである。そこで稲葉は、もっと自分に目を向けたらどうだろうと提案。
「人の心はどうしても何か足りないけれど そこんとこ埋めるべきなのは」
「恋人じゃない 親でもない ねえそうでしょ」
!!!!!
あれこれ難癖をつけては満たされない自分の心を満たすのは、結局のところ自分自身なのである。J-POPにありがちな、恋人こそ人生といわんばかりの恋愛ソングに強烈なカウンターパンチを見舞う。
もっと自分も愛して、山も海も人も愛せるようになろう。さすれば人生これ満足。楽観的ともとれるが、極めて健康的な心のもちようであろう。

会いたくて震えてる場合じゃないぜ!

『LOVE PHANTOM』
B'z史上2番目の売り上げ枚数を誇る大ヒットシングル。その記録に恥じない、J-POPが辿りついたひとつの到達点ともいえる傑作だ。
ストリングスによる1分を超えるイントロは、オペラの幕開けを思わせる壮大さ。静謐な雰囲気から、スピード感溢れるサビに突入していく冒頭の構成は否が応でも聞くものの気分を高揚させる。
4つ打ちのデジタルビート、弦楽器の生音、そして松本のギターにキレのある稲葉のボーカル。これらが絡み合って疾走する様はかつてないほど劇的である。
歌謡曲の時代から、洋楽のあらゆる要素をチャンポンしながら、バンドブーム、カラオケブームを経てやがてビーイング的な量産体制に入った邦楽は、J-POPというドメスティックな特異点に至った。その中で常にマーケットと睨み合いながら音楽性を変化させてきたB'zは、この『LOVE PHANTOM』をもってJ-POPなるものに最終回答を提出したといっていいだろう。
邦楽史の名曲というよりも、J-POPの究極形態と評すべき1曲だ。


洋楽偏重だった「暗黒の時代」から一転して、J-POPの中心地へと回帰しつつ加速度的に進化したB'z。この時点でまだまだデビュー7年に過ぎないが、いわゆるB'z的な音楽はほぼ完成したといえる。
ファンが全盛期と称するこの時期を過ぎると、B'zスタイルの中でのマイナーチェンジを積み重ねるようになり、緩やかに売り上げも落ち着いていく。普通ならやり切った感で解散したりしそうな気もする状況だが、ここから18年も継続してきた彼らのモチベーションは驚異的だなあ。

といったところで続く。

歌う俳優たち、その5:哀しみを歌い続けるハイブリッド俳優、吉田栄作

2013.07.06 (Sat)
あの彦摩呂も輩出したといういわくつきの「ナイスガイコンテスト」出身、モデル上がりで俳優から歌までこなすハイブリッドな存在だった吉田栄作。90年代前半はMr.トレンディといってもいいほどの活躍だった。
ところが95年に活動休止して渡米すると、英語を身につけて帰国、ジャンボになるどころか「ヒモ」だなんだと揶揄されたあげく、なぜか『マネーの虎』のMCに収まるという事態に。芸能界というのは大変です。魔物が棲んでいる。

『心の旅』ジャンボ度:★★☆☆☆
彼の歌でもっとも印象に残っているのがこの曲。当時の僕は子どもだったので、チューリップのカバーだとは知りませんでした。
ニューミュージックの祖が作った曲だけに、もともと古さを感じさせないが、吉田栄作版では当時のJ-POP風アレンジに。結果、大事マンブラザーズバンドみたいになった。
肝心の吉田栄作の歌唱というと、クセもテクもなくストレートで良いです。若々しく力強いところは姫野達也より優れているといえるかも。
なんとこの曲で紅白歌合戦出場。

『僕は何かを失いそうだ』ジャンボ度:★☆☆☆☆
シンガーソングライター・陣内大蔵による作。
うーん、今になってみると何かを暗示するような不吉なタイトルですなあ。コレが言いたかっただけですハイ。

『もしも君じゃなきゃ』ジャンボ度:★★★★☆
紅白2度目の出場は、TMよろしくノリのいいアップテンポなナンバーで。ズッダン、ズッダンというリズムとグルーヴィなベースが心地よい。横文字ばっかやな。
どことなく歌い方が宇都宮隆っぽいのは気のせいだろうか。さ行の感じとか。
松井五郎御大による歌詞は、「もしも愛する相手が君でなかったのなら、僕は僕でいられない」という一途な愛を歌うものだが、「君はもう永遠に眠り続けてるのに」と死別をにおわせる。
吉田栄作の歌って、なんかこういう悲恋とか愛する君とか抱きしめたいとか、そんなんが多い気がするなあ。

『BORO BORO』ジャンボ度:★★☆☆☆
特にヒットもしてないが気になる1曲。ちなみにBORO BOROで検索するとBOROさんの『BORO BEST』などがヒットするので注意が必要。
「悲しくて涙がBOROBORO、こんなにBOROBORO」と、彼女を他の男にとられてしまった悔しさ、未練がましさを歌うバラード。ギターもわんわん泣く。
またしても松井五郎氏の手による歌詞だが、相変わらず報われない吉田栄作さん。栄作をどうしたいんだ! 彼はもうボロボロよ!

『今を抱きしめて』ジャンボ度:★★★☆☆
仙道敦子とのデュオ、“NOA”名義でのシングル。「のぶこのNO」と「AさくのA」とのこと。プロレス団体とは無関係。
いかにもYOSHIKI作という、ピアノとストリングスが流麗なバラード。白いシャツの袖をまくり、胸をはだけさせた吉田栄作が情感たっぷりに歌い上げる。立ち姿はカッコいいんだけど、曲自体は、うーん、ただ綺麗な曲かなあ。
そして!
「過ぎ去った季節に貴方が残した 言葉が忘れられなくて 今も」ときたよ…。男女双方の視点で語られているとはいえ、やっぱり涙する吉田栄作。なぜなんだ!


抱きしめすぎで泣きすぎで別れすぎな吉田栄作ソング。
愁いを帯びた色男の心の旅は、ボロボロになりながらも芸能の世界へ帰結し、歌を歌う情熱もまた燃え盛っているようだ。はたして“太陽野郎”の再ブレイクはいつの日か。

あえて今更B'zの足跡を辿る(3)愛のままにわがままに無敵状態へ

2013.07.05 (Fri)
石橋を叩きまくって渡る松本の戦略が功を奏し、『ZERO』のヒットをもってとうとう限界突破したB'zさん。「僕たちロックユニットです」という名刺を配り終え、好きなように音楽を作れる足場と財力を築いた。
そしてCDバブルの到来と歩調を合わせるように、何やっても売れるという無敵状態へと突入していく。

『FRIENDS』
92年末にリリースされたミニアルバム。ご存知『いつかのメリークリスマス』は冬のスタンダードナンバーになっている。
これまでのミニアルバムは、新たな音楽性を小出しにしたマーケティングの意味合いが強かったように思われるが、本作はそうした実験的なアプローチとは異なり、単に彼らがそのとき作りたかったコンセプトアルバムという感じ。
アルバム全編を通してひとつの物語になるよう構成されており、ニューミュージック風の大人なアレンジで全曲を統一、歌詞も主人公の回想から心情の吐露でまとめるなど、短編映画を観るような味わいだ。以前のダンス・ポップ・ロック路線とは似ても似つかないアダルトB'zがここにある。
これは個人的には名盤だと思うなあ。ジャケットのアートワークから何から徹頭徹尾「感傷的な冬」が貫かれていて、ここまでドップリとワールドに浸れる作品はそうそうない。なんというか、暖炉の前で籐椅子に座っているような、温かみのある冬を感じられる。

「ZEROがっいいZEROになろー!」とくるくる回転したりギターにドリルをあてがっていた連中がこれを作る振れ幅。そしてデビュー4年目だというのにこの完成度。うーん、センスとか好き嫌い以前に、プロミュージシャンらしいクオリティの高さを認めざるを得ない。

それにしても『いつかのメリークリスマス』に出てくるプレゼントの「椅子」は妙にひっかかるワードだよなあ。椅子だよ? で抱えて電車乗るんだよ? 稲葉の実体験なのかなんなのか知らないけど、この椅子の登場によって歌詞世界の光景がとたんに具体的に見えてくるから不思議だ。ありきたりなアクセサリーや洋服ではこうはいくまい。恐るべし稲葉。

『愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない』
長ーいタイトルがつとに有名な1曲。このシングルがB'z最大のヒットというのが解せないのは僕だけでしょうか。
ギュンギュンにハードだった『ZERO』から一転、ハネるブラスが印象的なポップスで、ドラマ『西遊記』の主題歌だったこともありオリエンタルな雰囲気も匂わせる。相変わらず律儀。
それにしても曲の印象はとにかくフツー。親しみやすいと言えば聞こえは良いが、これといった特徴がない。もっとも、だからこそ一番売れたのかもしれないけど。

「信じるものしか救わないセコイ神様」と、盲目的な信仰をさりげなく拒否するリアリスト稲葉に乾杯。

『裸足の女神』
ボンジョビ風味のポップロック。B'zの二人の趣味の中から「あれっぽいのやってみよう!」という曲は、主にミニアルバムでおっかなびっくり出していたのが、『ALONE』以降、こうして堂々とシングルで出せるようになったところに王者B'zの確立を見る。
発売当時はいわゆる「ビーイング系」の最盛期であり、本作はB'zの中でも特にビーイングっぽい清涼飲料系ソングに仕上がっている。あまり面白みはないかなあ。

『Don't Leave Me』

本作がリリースされた94年は、ファンにとっても、B'z自身にとっても、「暗黒の時代」と記憶されているらしい。なぜならば、発表する曲がことごとく暗く、重いからだ。前年の優しく朗らかなB'zはいったん退却し、非常にわかりやすくブルースに傾倒する。
暗黒時代の鏑矢となった『Don't Leave Me』は、ブルースハープが印象的なスローバラード。稲葉の歌唱がねっとりと重苦しく、土臭いアメリカンなムードを漂わせる。
うーん、たしかに暗いぞ。失った恋人にすがるように「いかないでくれ!」と叫ぶ稲葉。Cメロの張り裂けんばかりのシャウトも痛々しい!

この94年は例年になく多数のライブをこなすなど、ロックユニットからアメリカンハードロックバンドへの脱皮を図っているように感じられる。身軽な二人組みで始まったB'zだが、やはり彼らのルーツである「ロックバンド」への憧憬のようなものがあり、ついに実現したといえるだろう。
この年を境に、他のビーイング系ユニットとは一線を画した存在感・本物感が備わった気がする。

それにしても稲葉の超・長髪は、暗黒路線のイメージ戦略か、それとも髪を切るのを拒んで教員免許をあきらめたというアウトロー根性を思い出したか知らないが、ものすごくむさ苦しいぞ! キムタクや江口洋介など目じゃないほど伸ばしっぱなしのストレートヘアー。稲葉でなければ許されない。

『The 7th Blues』
ライブ三昧の94年にリリースされた2枚組みのオリジナルアルバム。
これは彼らがファンを教育すべく放った渾身の一発だったに違いない。「俺たちはポップスターじゃない! アイドルグループでもない! こういう音楽を聴いてほしいんだ!」と主張するように、思い切りルーツミュージックを叩きつけてきた。洋楽へのオマージュも満載で、もう、とにかくついて来いと言わんばかりだ。
タイトルのとおり、2枚のアルバムを貫くテーマはブルース。ブラックミュージックのエッセンスも交えつつ、渋く渋く、そして渋くまとめられている。
中には『LADY NAVIGATION』の再アレンジも収録されているが、アコースティックかつスローで、原型をとどめないほどドロドロに改変されている。ソフトクリームを舐めたりしていたあの弾けっぷりは皆無。変貌するB'zを象徴する1曲だろう。

このアルバムは、B'zが目指す洋楽的ミュージックへの通行手形、あるいは踏み絵といえる作品である。
『ZERO』でハードロックへの扉を開いたB'zが、より濃厚な洋楽志向をマーケットに叩き込むために不可欠な1作だった。

そして恐ろしいことにこのディープなアルバムが150万枚を超えるセールスを記録し、B'zは晴れて「なんでもアリ」の無双状態へと進化するのである。

『MOTEL』
「暗黒の時代」を締めくくるブルージーなバラード。贖罪や禊がテーマとなっており、相変わらず重苦しい雰囲気。演奏がブレイクしつつ「ひとりじゃ、ないから」と稲葉が独唱するサビ頭がインパクト大。すっかりテクニカルになったボーカリスト稲葉の実力が示される。
曰く「流行の曲がつまらない。(売れ線でない)こういう曲がチャート上位にあるのがおもしろい」と、めずらしく、退屈なヒットチャートにドロップキックをかます松本先生。『7th Blues』でつかんだ自信がそう言わしめているのだろうが、当時これほどダークでヘビーな曲を100万枚売る歌手は他にいなかった。
当時チャートを席巻していたのは他ならぬビーイング系のプロダクトだぞ? まさに流行を作り出していた彼らの横っ面をひっぱたくようなこの気概! 暗黒時代ゆえに現れた松本のダークサイドなのか…(うそ)。


デビューから6年。いかに売れるかを模索し、趣味を小出しにしながらマーケットにお伺いを立ててきたB'zは、こうしてヒットチャートの王座に君臨した。そして自分たちのやりたい音楽で邦楽市場に新風を送り込もうとするまでになったのである。

といったところで続く。

Xperia SXをAndroid4.1にアップデート

2013.07.04 (Thu)
おお…ロック画面が見慣れないものに…
上下にスワイプするやつになった。

特に設定し直すところもなかった。無効化してたアプリもそのまま。
でも削除したプリインストールアプリが復活していたような。気がする。またアンインストールしたけど。

UIデザインは結構細かいところで変わってるんだなあ。前のほうが好みだった部分もちらほら。
電池のもちと発熱に関してはさして変化がないように思う。いまんとこ。

まあタッチの操作感がよくなった感じがするのでよかった。気のせいですかね。
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