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物忘れが激しく物覚えが悪い、三十路の備忘録

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もし正しい体罰があるのなら

2013.01.12 (Sat)
体罰は悪か、やむなしか。
「教え子を叩かねばならないとき」とは、どういうときか。

僕は、失敗や未熟に対して打撃を与えるのは、ただの暴力だと思う。

「なぜちゃんとできないんだ」と叱る。
言ってもわからないから叩く。
叩いてもわからないから、さらに叩く。

一生懸命やっている生徒は何を感じるだろうか。愛情を感じるだろうか。
体罰を与えただけでスポーツはうまくはならない。むしろ、うまくできないからこそ、より丁寧な指導が必要なのではないか。

件のバスケ部顧問はOBからは慕われており、優秀な結果を残しているようなので、どのような人物なのかはわからない。ただ、一人の生徒が1日に何十発も叩かれ、明らかに体罰を苦にして命を絶ったのだから、これを「愛のムチだ」「昔はよく殴られた」などと勘違いして正当化してはならない。


一方で、悪事や怠慢に対してムチを振るうのは間違いではないと思う。

かつて僕も先生にひっぱたかれたことがある(クラスの合唱の予行練習でふざけまくってしまった…)。
先生は僕らを美術室に呼び出し、一人ひとりビンタした。
先生は泣いていた。
クラスみんなで頑張ろうという行事なのに、僕らにそれが伝わっていなかったことが悲しかったんだと思う。
他の先生も見ている前で、僕らだけが一つにまとまれなかったことが悔しかったんだと思う。

「たかが合唱で」と思っていた僕も、これはさすがに堪えた。どんな説教よりも先生の掌は雄弁だった。
体罰でスポーツはうまくならないし、合唱も上手にならないが、心根は間違いなく正された。
少なくとも僕にとっては、ほっぺたの痛みよりも心にインパクトを残す出来事だった。


もし正しい体罰があるのなら、それは先生と生徒が互いに痛みをわけあうためにある。
「泣き虫先生」は、惨敗してもヘラヘラしているラグビー部を見て、自分のせいだと悔やみ涙する。そして、「悔しい!」「勝ちたい!」とようやく本音を吐き出した生徒たちに、拳を振るってけじめをつけた。
「金八先生」は、担任教師をリンチし、たやすく人に「死ね」と言う成長なき生徒たちを泣きながら平手打ちにした。そして職を辞そうとした。

体罰を行う先生は、悔しく、悲しく、無念であり、傷ついていなければいけないのである。
そんな気持ちが、文字通り生徒の心を打つのだ。
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