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物忘れが激しく物覚えが悪い、三十路の備忘録

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『華麗なるギャツビー』でディカプリオを楽しむ

2013.06.25 (Tue)
原作者であるフィッツジェラルドが「ジャズエイジ」と名付けた1920年代のアメリカは、享楽にまみれた狂想の時代。だそうな。
豪奢な城で毎夜ド派手なパーティを催す成金ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)は、いったい何者なのか。

ギャツビーが開催する、酒飲みまくり、踊りまくり、泳ぎまくりのパーティは「ジャズエイジ」の象徴だ。
虚構と狂乱。まさに金持ちどもの理由なき乱痴気騒ぎ。
そこに潜り込んでいくニック(トビー・マグワイア)は、真夏の夜の夢のような空間にどこか馴染めず、僕らの分身となって物語を進めていく。

映画の序盤はけたたましいクラブミュージック(2013年はジャズエイジじゃないんだね)とキラキラした喧噪のシーンにやや辟易したなあ。ただ、もったいつけて登場するディカプリオは非常にはったりが利いていて、ミステリアスなキャラクターにとってもマッチしていた。うーん、いかにも妖しげ。

ギャツビーの素性がどんどん明らかになっていく中盤以降は、ニックと同じように、僕も、虚構の裏に隠されたギャツビーの純粋さ、素朴さに引き込まれていった。

そして想い人デイジーとの再会を経て、舞い上がり、やがて消え行く花火のように終息していくギャツビーの夢物語。
序盤と終盤の対比がなんとも虚しく、デイジーとの恋だけが人生のすべてだったギャツビーさんの姿が哀れでたまらなかった。


あまりにも有名なストーリーだけど、僕は原作も過去の映画も未見なので、本作が初体験。それでも物語自体には新鮮さはなかったかなあ。狂想から恐慌へと落ち込んでいく20年代アメリカの「祭りのあと」敵な虚しさは感じたけれども。金持ち社交界の馬鹿らしさに呆れるニックの気持ちがよくわかる。


そんなことよりこの映画は、ひたすらディカプリオを楽しんだほうがいい!
なんだろうね、あのウソっぽいふてぶてしさと、実は純朴な「ぼく」だったというキャラクターが、すごくハマっているんだよなあ。

「妖しい人だ…」「実はいいやつかも?」「なんて哀れな!」
ニックと一緒に、ギャツビー=ディカプリオの人間像を堪能しよう。
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