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物忘れが激しく物覚えが悪い、三十路の備忘録

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音楽業界の衰退原因はデータベース化にあるのではという雑感とカバーアルバム撲滅運動

2013.07.23 (Tue)
邦楽は終わってる。
とかよく聞くけど、正確にはお金にならなくなったのであって、音楽自体は終わってなどいないとは思う。
日々新しい曲は生み出されているわけだし、それらを好んで聴く層も一定数いる。ただ好みや聴くシチュエーションが分散したために一極集中しなくなり、誰もが知っているヒット曲が生まれなくなっただけであろう。つまり音楽に費やされるお金も広く浅く分散し、巨額の利益を生み出さなくなったわけだ。
クサい言い方をするなら、産業は死んだが音楽は死んでいない。クサい。我ながらクサい。

しかし個人的な体験を踏まえてみると、新しい曲を聴かなくなった理由は趣味の多様化だけではない。僕はデータベース化されてしまったことが最大の要因だと思っている。

今はiTunesやYouTubeを覗けば、年代や国を問わずあらゆる音楽にアクセスできる時代だ。
一方、ひと昔前は、そんなに簡単に過去の曲にたどり着けなかった。自然、テレビやレコード屋でバンバンかかっている新しい曲を聴くようになる。CD屋のランキングの棚から、何枚のCDを買っただろうか…。

音楽の氷山があるとしたら、CD黄金時代には、氷山の頂上付近=できたての曲しか見えていなかったのである。
ところが音楽がデータベース化されたことにより、氷山の麓までしっかり見えるようになった。

音楽は新しければ良いというものではない。発売がいつであろうと、良い曲は良いし、聴いたことのない曲は新鮮である。メロディや演奏方法はもはや出尽くしたともいわれ、最新曲だからといって極端なレベルアップや発明があるわけではないのが現実だろう。
さらに言うなら、音楽の良し悪しは思い出に強く結びついているものである。美しい思い出と紐づけられた曲は、無条件に名曲なのである。

結果として僕は、最新の曲を聴くよりも、昔の曲をほじくり返して聴くほうが楽しくなってしまった。というか新しい曲を追いかけなくとも、過去の膨大な名曲群を振り返るだけで十分になってしまった。

要するに選択肢が過去に遡って極端に増えてしまい、氷山の頂上が目立たなくなったのだ。

これは近年のカバーブームやリバイバルの多さ、懐メロに頼る音楽番組、あるいは著作権管理の厳しさにも現れているように思える。

氷山の下層=過去のお宝コンテンツが市場に溢れ返ってしまい、これにて「時代とともにある音楽」は終焉を迎えることとなる。現代の新曲たちには気の毒な状況だなあ。

うーん、とりとめのない話になってしまったので、ひとつだけ主張をしておこうと思う。

もうカバーアルバムを作るのはやめにしてくれ!
なんつーか、ちょっと隠れた名曲を、さも自分の歌のように披露されてる感じがイヤなんだ! 私が見つけた皆の知らない名曲、みたいな感じ? 友達とのカラオケじゃないんだから! 良い曲なのはもう大概みんな知ってるから!
歌のうまい人が上手にカラオケしてるのを聴いたって、つまんないんだよ! 夜もヒッパレで十分なんだよ!
気持ちよくカバーしてた歌ウマ歌手の皆さんどうかオリジナルの曲を歌えるよう頑張ってくださいお願いします!
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